May 16, 2017

インタビュー

第7回:最近また、映画館で観る価値がちょっと上がってきているような気がします。

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池ノ辺直子の「新・映画は愛よ!!」

Season15  vol.07
東京テアトル株式会社 
映像事業部編成部長
西澤彰弘 氏

 

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映画が大好きで、映画の仕事に関われてなんて幸せもんだと思っている予告編制作会社代表の池ノ辺直子が、同じく映画大好きな業界の人たちと語り合う「新・映画は愛よ!!」


東京テアトル株式会社、映像事業部編成部長の西澤彰弘さんの回もいよいよ最終回。配給会社の視点で色々語っていただきましたが、今回は恒例の「西澤さんにとっての映画って何?」に答えていただきます

→前回までのコラムはこちら

 

 

池ノ辺直子
(以下 池ノ辺)

西澤さんから聞く知られざる映画興行の世界ですが、今回が最終回となります。

まず、『スウィート17モンスター』ですけど、G.W.にもたくさんの方がご来場いただきました! 特に新宿は満席続出、次に渋谷、西澤さん、本当に良かったですね。

さて、東京テアトルは昨年の『この世界の片隅に』が大ヒットして、一時、株価がストップ高になって新聞の経済欄でも話題になりましたが、2017年になっても『未来よ、こんにちは』がスマッシュヒットとなり、ケン・ローチ監督の『私はダニエル・ブレイク』も大ヒットした。

あの作品は、イギリスの社会福祉からはじき出されてしまう人たちにフューチャーした人間ドラマですが、あの内容が日本で受けたというのは、社会派の作品を求めている人が多いってことですよね?

 

西澤彰弘
(以下、西澤)

そうですね、時代とマッチしたんだと思います。

イギリスは昔、「ゆりかごから墓場まで」と言って手厚い福祉をしていたのを、サッチャー時代に公的支援を次々と切り捨てた。

映画の中では、公的支援をもはや民間企業に委託して、ものすごくビジネスライクにやっている。

その光景が日本のちょっと先の未来に見えるんですよね。

あと、ケン・ローチ監督は次の6月で81歳になるんですけど、前作の「ジミー野を駆ける伝説」(2014)で一度、引退宣言をしたんです。

でも、イギリスの福祉の現状を知り、「この現実を見過ごせない」と、監督復帰したんです。

ただ、次回作をまた撮るのか、「私はダニエル・ブレイク」が最後の監督作になるのかは、わからない。

で、今回はビジュアルもすごく変えましたよね。

そこに引っかかって、観客が動いたなというイメージもあります。

 

池ノ辺

なるほどね。

ケン・ローチは『麦の穂をゆらす風』の予告編をつくりましたが、暗いイメージがあったけど、今回の作品は引退を撤回してまでも作りたかったというだけあって、興味深く、おもしろかったです。

もうひとつ聞きたいのですが、日本のインディーズの映画監督たちは、テアトル新宿で自分の作品を上映してもらうことをみなさん、目標に頑張っているんですって。

それで、上映が決まると、それぞれ、監督たちはみんなすごい必死で、映画館の前で直接、監督やキャストがチラシを配ったりしていて、とても熱い場になっているとか。

 

西澤

そうそう、製作陣がね、いろいろとやってくれるんです。

 

池ノ辺

2016年度の映画賞なんて、テアトル新宿でかかった作品ばかりじゃないですか。

真利子哲也監督の『ディストラクション・ベイビーズ』とか。

 

西澤

そうなんです、嬉しいですね。

というのも、選ぶ方は、すごく大変なんです。

テアトル新宿は今、邦画の聖地と化しているので、ものすごい勢いで、オファーがやってくるんです。

で、洋画と違って、まだ出来上がる前の企画段階とか、脚本段階とか、監督しか決まっていないときからお話をいただいたりしますからね。

基本、作家性の強い作品を入れていきますが、新人の監督の作品も何本か入れていって、ワンスクリーンできっちり6週、7週、ずっと上映をしていく。

その作品を大事にして上映しているという姿勢が見えているから、オファーしてくださると思うんですけど、それでいて、作家の色がたった作品もあえて選んでいます。

 

池ノ辺

それは素晴らしいことだし、映画監督の方からすると励みになる。

やっぱり、武正晴監督の『百円の恋』あたりから、テアトル新宿で公開して、話題となって、他の映画館へと飛び出していくという形が定着しました?

『百円の恋』は凄くおもしろかった。

日本映画は勝った!と思いましたよ。

 

西澤

劇場から結構、著名になっていく監督もいますよね。

『百円の恋』は山口で先行ロードショーして、うちではファースト6週でしたが、その後、かなり長い期間、いろんな劇場でムーブオーバーしていきました。