Sep 06, 2016 interview

第4回:東宝のプロデューサーはあんまりマーケティングリサーチを重視していません。

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東宝株式会社 取締役 映画調整、映画企画担当 市川南 氏

池ノ辺直子の「新・映画は愛よ!!」

映画が大好きで、映画の仕事に関われてなんて幸せもんだと思っている予告編制作会社代表の池ノ辺直子が、同じく映画大好きな業界の人たちと語り合う「映画は愛よ!!」 第4回は、宣伝プロデューサーから、映画を作る側のプロデューサーとなった後『世界の中心で、愛をさけぶ』 『いま、会いにゆきます』 『永遠の0』までのお話です。

→前回までのコラムはこちら

池ノ辺直子 (以下 池ノ辺)

さて、映画調整部に移り、宣伝プロデューサーから、映画を作る側のプロデューサーとなった市川さんですが、ここでもすぐにメガヒット作を世に出してますね。

市川南 (以下、市川)

まあ、そうですね。

池ノ辺

行定勲監督の『世界の中心で、愛をさけぶ』。

この作品も、みんな劇場に見に行きましたね。

市川

これはもう、鬼気迫る現場でした。

池ノ辺

鬼気迫るって?

市川

この企画は博報堂の春名慶さんという、今もずっと一緒に組んでいるプロデューサーの方が、「どうしてもこれをやりたい」と原作を持ってきてくれたんです。

読むと、確かに泣ける内容なんだけど、高校生の話で、何かちょっと御涙頂戴っぽいと感じたんです。

池ノ辺

難病ものですものね。

ヒロインが白血病になってしまう。

市川

ただ、春名さんから、小説ではボリュームがほとんどなかった現在パートを映画では、半分ほどの分量にし、愛する女性を失うという体験をした人が大人になって、彼がどうなるのかという物語にして、高校生パートは回想形式でやりたいとアイディアを頂いたんです。

「その構成ならありますね」と返し、脚本は坂元裕司さんに書いてもらったんです。

池ノ辺

なるほど、それは観たいな。まずは物語ありきの企画だったんですね。

市川

ちょうどそのとき、行定勲監督が『GO』を出した時で、非常に勢いがある時で、頼んだら、ぜひやりたいと。

そのとき、撮影監督は誰にしようかという話になって、僕が、岩井俊二監督の一連の作品とか見ていて、篠田昇さんがいいんじゃないですかと話したんです。

それで篠田さんに引き受けてもらうことになったんですけど、途中から、体調を崩されたんですね。

でもね、ご本人はそれをわかった上で引き受けた気がするんです。

というのも、徹底して粘るんですよ。

当初の予定では1ヶ月半の撮影だったのに、3ヶ月もかかった。

池ノ辺

そうか。

それで鬼気迫る現場だったんですね。 監督も篠田さんもなかなかOKを出さないんだ。

市川

篠田さんにはどこかで、これが自分の最後の作品になる、下手なものは撮れないという覚悟があったのかもしれません。

だからこそ、あの美しい映像となったんですけど、予算が9000万円もオーバーしちゃったんです。『ゴジラ』シリーズみたいな特撮映画でオーバーというのはまれにありますけど、『セカチュー』みたいな恋愛映画でオーバーするというのは普通はない。

池ノ辺

ひゃああ。

ありえないけど、OK出さないんだったら、しょうがないですよね。

でも、予算を司るプロデューサーとしたら、こんなに胃が痛い現場はない!

市川

現場はそうとしかならないから、追認なんですよ。

いつまでたっても終わらないんで。

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池ノ辺

私に『バースディプレゼント』の撮影で「予算削ってくれよ」「そんなに外国人のエキストラいらないじゃないですか!」と言ってた時とずいぶん違うじゃないですか?(笑)。

市川

企画のプロデューサーは、現場が始まると無力なんですよ。

あれこれ注文を言えるのは撮影の始める前と後しかない。クランクインの前に脚本を短くするとか、撮影期間を短くして予算を下げるとか、ギャランティを高く要求しない俳優さんを起用するとか、撮影が終わって編集の時にあれこれ言うことはできるけど、でもひとたび撮影が始まっちゃうと、1日の消化分量は、現場の監督がOKをかけなければ、なんにもならない。

池ノ辺

ってことは、監督は企画を通して、これだけの予算だよと言われていても、撮影に入ってしまえば、大幅にいろんなことをやっちゃえばいいんですね!

市川

まあ、やってもいいですけど、ふつうは「この監督とは二度と組むのをやめよう」と依頼がこなくなりますよね。

池ノ辺

でも、行定監督は今でも売れっ子ですよね。

あ、そうか、大ヒットしたからだ。

ひよっとして、よかったね、市川さん。

市川

ねえ。

池ノ辺

だって、『セカチュー』といえば、もう2004年を席巻し、森山未來君も長澤まさみちゃんもこれで大スターになったじゃない。

数字はどれくらい、いったんでしたっけ?

市川

85億円。

池ノ辺

ワオ、85億円!

これだけ稼いでくれたんだったら、わずか9000万円強のオーバーなんて全然、いいじゃない‼

これは行定監督と篠田さんの執念ですね。

市川

本当ですよね。

池ノ辺

それで市川さんは、会社から製作費9000万オーバーの責任を問われることはなかったんですか?

市川

ヒットしていなかったらまずかったかもしれませんが、公開したら、誰も何も言わなかったですね。

池ノ辺

それにしても、映画調整部に移って、プロデューサーとしては3作目で85億円はすごいね。

同じ年に、『いま、会いにゆきます』も興収47億円で大ヒットしたでしょう。

市川さんはもう、あげてられないくらいヒット作が多いので、細かく聞いていられない。

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市川

僕の立場は、クレジットで必ず名前が出ますからね。

まあ関わり合いとしては、作品ごとに濃淡はあります。

深くかかわっているものと、そうでないものと。

池ノ辺

じゃあ、がっと10年くらい飛びます。

で、昨今の大ヒット作というと、これでしょう。

『永遠の0』。 これは濃淡でいうと、どっちですか?

市川

『永遠の0』はなんとなく中心でやりましたね。

クレジットはみんな同じように出ているんですけど。

池ノ辺

ほら、ヒット作の陰には必ず、市川ありだよ(笑)。

市川

この作品は原作の小説が2007年にでたとき、当然、東宝でも研究したんですけど、そのときは、まだ本の売れ行きもそこまでではなく、ジャンルとしても戦争ものだからやめようということになったんです。

池ノ辺

なんで復活したんです?

市川

2011年くらいかな。アミューズの遠藤日登思さんというプロデューサーが「読んでみてください」と来られたんです。

実は2007年の時は、先入観で難しいなと断っちゃったけど、ここまで熱心に言われるんだったらと熟読したら面白い。

これはいけるかなという感触をもったんですけど、戦争モノで零戦も出さなくちゃいけないから、CGも多いし、予算がかかるんです。

池ノ辺

で、製作費がオーバーしちゃったんですか?

市川

オーバーしないように、会社に企画を通す前に、一歩一歩慎重に準備しました。

監督は、『ALWAYS 三丁目の夕日 』(2007)等の山崎貴さんが受けてくれるなら、とお願いしに行くとOKが出て、主役は岡田准一さんがベストキャストということになり、ではと岡田さんにお願いしに行き、一歩一歩進めたんです。

脚本も良かったので、そこまでそろえて会社にお伺いを立てました。会社もこんなに当たるとは思ってなかったでしょうね。

目標として興行収入が30億円ほどいくと予想して、だったらたまにはいいかと製作費10億円で予算が下りたんです。

池ノ辺

よかったじゃないですか。

10億かかっても、これもすごくメガヒットになったでしょ。

どれくらいいったんですか?

市川

87億円くらいかな。

池ノ辺

さらっというけど、80億円越えを何本も手掛けてるってすごいことね。

『永遠の0』は内容に加え、宣伝の戦略もうまかったですよね。

戦争ものだけど、主演はジャニーズの人で、主題歌はサザンオールスターズで、ちゃんと若い人たちが来ることを想定していた。ですよね?

市川

いや、あんまり若い人たちは来ないかなと思っていたので、手堅く大人のお客さんに合わせて宣伝して、まずは30億円いけばいいかなと考えていました。

興行収入が30億円を越える作品は、アニメーションも併せて、邦画では年間、10本もないですからね。

池ノ辺

ないない。

市川

30億円を目指すことも、大きな博打だったんですけど。

池ノ辺

蓋を開けてみればすごいことになっちゃった。

これって、公開前にある程度、「あたるな」ってわかるんですか?

これはいけそうだとわかる瞬間はいつなの?

リサーチとかしてるんですか?

市川

東宝はあんまりマーケティングリサーチはしていなくて、前売り券の動きとかですね。

池ノ辺

フジテレビの大多亮さんと組んでいた1990年代は前売り券の動きがそのままヒットに直結していたけれど、今は昔みたいに、前売り券自体はそんなに売れていないでしょ?

市川

数は昔ほど売れなくなってはいるんだけれど、売れないなりに、前売りの動きと最終的な興行成績の成績は一致しますね。

池ノ辺

洋画のメジャーの配給会社は必ずマーケティングリサーチをして、どんな客層に売るかとか、ラストをどうするのかとか、カット一つ一つにこだわったりしますけど、そういうのはあんまりないんですね、東宝さんは?

市川

作り手がいますからね。映画監督や俳優の存在もあるから、マーケティング至上主義というわけにもいかないのかもしれません。

池ノ辺

やっぱり、映画監督の意見が大事?

市川

そんなこともない。

プロデューサーの意見が一番です。

池ノ辺

市川さんはあまり口を出さないほう?

市川

いえ、出しますよ。

池ノ辺

キャスティングに関しては、東宝の企画は、映画監督よりプロデューサーの方がイニシアティブを持っているという話を聞くんですけど、そこらへん、どうなんですか?

市川

今はそうかな。

人にもよりますよ、監督にもよります。

僕が子供のころ、70年代とか、80年代とか、極端な言い方になりますけど、映画監督が自分の思いを映画にし、それを映画会社がなんとか商品として見せて、お客さんに売るということが多かったと思うんですけど、でも、僕自身、学生時代、例えば、話題の映画を見に行った時、子供向けに宣伝をしていたのに、突然、裸のシーンが出てきたりして、違和感を抱くこともあった。

外面はアイドル映画だけど、作家が勝手にやりたいことをやっているなと。

池ノ辺

それは商品じゃなく、作品ですね。

市川

そうなんです。

ですけど、近年は、このお客さんに売りたいからこの原作を選ぶ。

ならば、この原作にはこの監督が向いているんじゃないか、この物語なら、この俳優が合っているから起用しよう、ならばこの主題歌がいいよね、とお客さんが見たいものから逆転して、映画の企画を発想するようになった。

それが近年、邦画が好調になった理由なのかなと考えています。

(文・構成:金原由佳 / 写真:岡本英理)


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(C)2016「君の名は。」製作委員会

http://www.kiminona.com/index.html

PROFILE

■ 市川 南(いちかわ みなみ) 東宝株式会社 取締役 映画調整、映画企画担当

1966年、東京都生まれ。1989年、東宝入社。宣伝プロデューサーとして、「ヒーロー インタビュー」(94年)「学校の怪談」シリーズ(95年~99年)、「千と千尋の神隠し」 (01年) 等。企画プロデューサーとして、「世界の中心で、愛をさけぶ」(04年)、 「永遠の0」(13年)、「シン・ゴジラ」(16年)等。2011年、取締役就任。2012年から東宝映画社長を兼務。

池ノ辺直子

映像ディレクター。株式会社バカ・ザ・バッカ代表取締役社長
これまでに手がけた予告篇は、「ボディーガード」「フォレスト・ガンプ」「バック・トゥ・ザ・フューチャー シリーズ」「マディソン郡の橋」「トップガン」「羊たちの沈黙」「博士と彼女のセオリー」「シェイプ・オブ・ウォーター」「ノマドランド」ほか1100本以上。
著書に「映画は予告篇が面白い」(光文社刊)がある。 WOWOWプラス審議委員、 予告編上映カフェ「 Café WASUGAZEN」も運営もしている。
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