Aug 30, 2016 interview

第2回:観客にストレートに呼びかけるような予告編は、当時の邦画界にはありませんでした。

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東宝株式会社 取締役 映画調整、映画企画担当 市川南 氏

池ノ辺直子の「新・映画は愛よ!!」

映画が大好きで、映画の仕事に関われてなんて幸せもんだと思っている予告編制作会社代表の池ノ辺直子が、同じく映画大好きな業界の人たちと語り合う「映画は愛よ!!」 第2回は、市川さんと初めて仕事をさせて頂いた『ヒーローインタビュー』のお話からです。

→前回までのコラムはこちら

池ノ辺直子 (以下 池ノ辺)

私が市川さんと最初にお仕事をしたのが、1994年の『ヒーローインタビュー』です。

当時の市川さんは、東宝に入って何年目でした?

市川南 (以下、市川)

1989年に入社したので5年目です。

入社して3年はパブリシティを担当し、主にテレビ媒体の取材のブッキングをやっていました。

『ヒーローインタビュー』は宣伝プロデューサーになって2年目ぐらいかな。

池ノ辺

その前は宣プロとして、どういう作品を担当していたんですか?

市川

『国会へ行こう!』という吉田栄作さん演じる大学生が、緒形拳さん演じる政治家との出会いで政界に足を踏み入れるコメディや、織田裕二さん主演の『卒業旅行 ニホンから来ました』。

どちらも1993年の作品ですね。

もう1本、同じ年に『銀河英雄伝説外伝/新たなる戦いの序曲(オーヴァチュア)』を担当して、その後、『ヒーローインタビュー』の宣プロをやらしてくださいと立候補したんです。

池ノ辺

フジテレビが本格的に映画に進出するという一本で、私は、東宝さんの予告編を作るのもこれが初めてでした。

市川

なぜ、池ノ辺さんにお願いしたかを昨日思い出していたんですけど、『ヒーローインタビュー』のプロデューサー、フジテレビの大多亮さんが「今までの日本映画にはないデートムービーにするんだ」と言って、そのうえで、『ボディガード』(1992)の予告編が良かったと言い出したことにあるんです。

テレビスポット版で、主演のケビン・コスナーが「一番愛する人と見に来てください」とお客さんに向かって語りかけていて、「この予告編を作った人は誰だ」と。

そしたら、それが池ノ辺さんだった。

で、「こういうのを、作りたいんだ」と。

池ノ辺

それで、声を掛けていただいたんですね。

市川

ええ。

僕たちが池ノ辺さんを探し当てた感じです。

ああいう、観客にストレートに呼びかけるような予告編は当時の邦画界ではなかった。

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池ノ辺

ええ、作っていないですね、あの頃って。

市川

で、映画も当たったんですよ。

実は、この前年の1993年は、邦画のシェアが30パーセント以下に落ち込んだ年で、27パーセントしかなかった。

残りは73パーセントが洋画だった時代。

もうね、何をやっても、日本映画ってあまり入らなかった。

池ノ辺

今の若い人が聞いたら驚くでしょうね。

今は洋画のシェアが落ち込んでいるから。逆に言えば、市川さんたちの世代がものすごく頑張って、邦画を盛り上げてきた。

とにかく90年代はハリウッド映画が強い時代だったから、私も洋画の予告編を多く作っていました。

だから、東宝さんから声がかかってうれしかったんです。

それにしても、邦画界は大変な時代でしたね。

市川

僕がうれしかったのは、『ヒーローインタビュー』が本当に邦画のデートムービーになったことです。

予告編はこだわって、ナレーターの人も、『ボディーガード』の方にお願いしたんです。

あの頃の邦画の宣伝は洋画をお手本にしていたんです。

池ノ辺

そうでした。

ナレーターは青年座の立原淳平。

あの頃流行りの声でした。

『ヒーローインタビュー』のポスターが、今までの邦画と違って、とってもカッコよかったことを覚えています。

市川

グラフィック・デザイナーは葛西薫さんでした。

池ノ辺

どちらかというと、この頃の日本映画の予告って、グラフィックにはあまり凝ってなくて、ゴシック系の大きいものを使っていたのを、『ヒーローインタビュー』から変えていった印象があります。

市川

そうですね。

フジテレビの重岡さんという女性プロデューサーがすごくこだわっていて、特に『NIGHT HEAD』でそのこだわりが生きましたよね。

池ノ辺

『NIGHT HEAD』の予告も作らせていただいたんですけど、これはもう、豊川悦司さんと武田真治さんの人気がさく裂した作品で。

(予告編を見ながら)二人とも若い!変わった映画でしたよね。

市川

予告の出来が最高だったと思います。

私の池ノ辺さんへの唯一の注文は、「全部英語にしてくれ」、最後も「coming soon」と出してくれと。

池ノ辺

そうだ!洋画っぽくしたんですよ。

当時、かっこいいものは、洋画にあったので、それをうまく邦画に持って行こうと。

私は、市川さんが邦画の予告編の作り方を変えていったと思っています。

市川

そんなことはないですよ。

池ノ辺

フジテレビの大多さんもアイデアマンでしたよね。

いろんなアイディアを思いついては、「どうだろう?」と提案があった。

で、市川さんと大多さんのチームとの仕事で毎回、必ず、「すごい!」と思ったのは、グダグダ決断を伸ばさないこと。

こうと決めると、そこからはまったくブレず、そのまま行く。

あの頃は、前売り券の数でもう、興行の結果が出るので、大多さんが、毎日、毎日、前売りの数字の動きを見て、ある意味、ご自身が手掛けるドラマの視聴率以上に気にされていたのをよく覚えてます。

市川

池ノ辺さんには、95年公開の『学校の怪談』もやっていただきましたね。

これは、「うひひひ」というコピーがそのまま予告編にも登場させて。

池ノ辺

アニメーションみたいに作っていったんですね。

市川

CGがなかったから、「うひひひひ」がちょっとペラペラでしたけどね(笑)。

池ノ辺

確かに厚みもなければ、立体感もない(笑)。

でも、当時は一生懸命、作ったんですよ。

市川

僕が池ノ辺さんに依頼した予告編で一番傑作だと思っているのは、『バースディプレゼント』。

これは、撮影から公開までに時間がなく、本編の完成を待っていたら予告が間に合わないので、先に、特報撮りをしたんです。

特報撮りというのは、特報のために、一から撮影することで、7月のクランクインに先駆けて、4月か5月に、主役の和久井映見さんと岸谷五朗さんに来てもらって、池ノ辺さんに演出してもらったんです。

今だから言えますけど、あるCMをちょっとパクっていまして、男女が出会って、ボッと心に火がつく。

その俳優さんの演出を、池ノ辺さんにしていただいた。

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池ノ辺

私、その仕事で最も覚えているのは、その日の演出よりなにより、予算が合わなかったこと!

それなのに、エキストラが必要だとか、ものすごく、要素の多いことを色々注文されて、びっくりした

特報の撮影の時って、そんなにお金がかからないのに、これはすごくお金がかかったの。

市川

普通は200万円位で作るところが、この特報は800万円かかりましたから。

これでも、事前に池ノ辺さんに「これ減らせ、あれ減らせ」と散々言って、それでやっと800万円に減ったぐらいだった。

池ノ辺

あれ、そうでした?

市川さん、どうやって会社でこの案件、通したの?

市川

いや、会社としては通せない案件ですよ。

通してないです。

池ノ辺

どういうからくりで、乗り切ったの?

市川

予告編の制作コーディネーターの東宝アドの高根さんに相談して、まずは5月に特報を流し、10月までの公開まで何パターンかをCMとして流すので、予算も5か月分に分割して、計上させてくれとお願いしたんです。

なので、製作費は350万にして、残りは分割払いでお願いしました。

池ノ辺

あれはね、カフェバーで和久井さんと岸谷さんが出会って一目ぼれし、ハートに火が付くという設定だったんですけど、そのボワっとつく火の合成がまだ、当時の技術ではいい感じにできなくて、ちょうど、フイルムを、スキャニングする技術が入ってきた頃で、IMAGICAに作業を頼みました。

すごく手の込んだことをしたんですよ。

市川

そうでしたか。

池ノ辺

ちょうど私も、当時、商品広告の演出をやっている時で、広告の制作会社からブレーンとなる人を呼んで、相談していろいろ試した予告編でした。

で、この映画で本格的に、邦画のデートムービーが完全に定着しましたよね。

市川

映画の舞台がパリで、スタッフみんなで、現地で食事をしたりしましたよね。

池ノ辺

花火が打ち上げられていたよ、何の日だったんだろう?

市川

7月14日、巴里祭ですね。

池ノ辺

だから、ホテル代が高かったんだ!

市川

池ノ辺さんは、撮影の応援ということで、自腹でパリまで来られていたから。

撮影後、ニューヨークに寄って帰ると言ってましたね。

池ノ辺

まあ、バブリー!!

市川

『バースデイプレゼント』は池ノ辺さんの代表作の一つですよ。

池ノ辺

ありがとうございます。

で、ちょうど、映画の撮影中に大多さんが制作部から編成部へと異動となり、編成部長となり、市川さんにも次のステップが来るんですけど、これは次回で話しましょう。

(文・構成:金原由佳 / 写真:岡本英理)


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(C)2016「君の名は。」製作委員会

http://www.kiminona.com/index.html

PROFILE

■ 市川 南(いちかわ みなみ) 東宝株式会社 取締役 映画調整、映画企画担当

1966年、東京都生まれ。1989年、東宝入社。宣伝プロデューサーとして、「ヒーロー インタビュー」(94年)「学校の怪談」シリーズ(95年~99年)、「千と千尋の神隠し」 (01年) 等。企画プロデューサーとして、「世界の中心で、愛をさけぶ」(04年)、 「永遠の0」(13年)、「シン・ゴジラ」(16年)等。2011年、取締役就任。2012年から東宝映画社長を兼務。

池ノ辺直子

映像ディレクター。株式会社バカ・ザ・バッカ代表取締役社長
これまでに手がけた予告篇は、『ボディーガード』『フォレスト・ガンプ』『バック・トゥ・ザ・フューチャー シリーズ』『マディソン郡の橋』『トップガン』『羊たちの沈黙』『博士と彼女のセオリー』『シェイプ・オブ・ウォーター』『ノマドランド』『ザ・メニュー』『哀れなるものたち』ほか1100本以上。
著書に「映画は予告篇が面白い」(光文社刊)がある。 WOWOWプラス審議委員、 予告編上映カフェ「 Café WASUGAZEN」も運営もしている。
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