池ノ辺直子の「新・映画は愛よ!!」
映画が大好きで、映画の仕事に関われてなんて幸せもんだと思っている予告編制作会社代表の池ノ辺直子が、同じく映画大好きな業界の人たちと語り合う「映画は愛よ!!」 第6回は、松竹創業120周年イヤーにまつわる数々の映画作品の話です。
- 池ノ辺直子 (以下 池ノ辺)
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さて、松竹創業120周年を記念するラインナップ発表会のオープニング映像を、うちのバカ・ザ・バッカで作らせていただいた話をしましょうか?
- 諸冨謙治 (以下、諸冨)
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松竹は昨2015年11月22日に創業120年を迎えたんですが、その歴史を振り返る映像の制作をバカ・ザ・バッカの小松さんにお願いしました。
- 池ノ辺
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それで、作るときに、120年分の映画本編素材がどどっと届きまして。
一部でしたが、びっくりでした。
- 諸冨
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すごい数だったでしょう。
- 池ノ辺
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倉庫から出せる素材と出せない素材があったんですけど、ちょうど、松竹さんは数年前から過去の名作をリマスターしていて、すごくいい形で素材を借りられたんです。
松竹さんとしては、クラシック映画の良さも改めて知ってもらいたいし、新しい作品を含めて、世の中を元気にしていきたいと。
そういう温かい作風の映画を松竹さんはやってきたんだなと、過去の映像を見ながらすごく思いました。
その歴史がベースになって、今年、中村義洋監督の『殿、利息でござる!』が作られたんですね。
笑って泣いて、温かい気持ちになりました。
私はもうね、この作品は経営論の話だから、日本中の経営者が見なきゃいけないし、政治家のトップの人も見なきゃいけないと、本当に思ったの。
やっぱり、お金を生むということは、人を豊かにする。
だから、会社は、「キャッシュフローをちゃんとしておかなければいけない」。
だって、うちのスタッフがせっかく、「池ノ辺さん、私は、僕は、これをやりたいんです」と面白いアイディアを思いついても、お金がないから出来ませんじゃ、なんにもならない。
「わかった、やろう」と、経営者として企画を実現化に向けて進んでいくための資金を持っていなくちゃいけない。
「ごめん、できない」、「じゃあ、やめます」では、経営は成り立たない、で、まさしく、『殿、利息でござる!』で描いていたのは、これだなと。
- 諸冨
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本当にそうですね。
- 池ノ辺
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話を諸冨さんに戻しますが、ここまでお話を聞いてきて、やっぱり諸冨さんは、いろいろと自分の中で考えていることが、企画書の文字となって、宣伝という表現になって、きちんと形にしなきゃいけないという思いが強い人だな、と思いました。
整理整頓も得意だと思う(笑)
- 諸冨
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決してそうではないんですが…(笑)。
まぁ池ノ辺さんと予告でご一緒したのは社会派っぽい作品が多かったからかも。
でも確かに、宣プロとしては「なんでもできますよ」と宣言しているんですけど、アクション、コメディ、時代劇、ホラーなんかが多くて、ほとんどラブストーリーが回ってこない(笑)。
- 池ノ辺
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珍しいね、それも。
- 諸冨
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ただ、今年、松竹が配給したオランダ映画で、直接宣プロをやったわけではないですが、『素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店』という作品がありまして、これが大人向けのひねりのきいたラブストーリーなんです。
今、全国順次公開中です。
- 池ノ辺
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いろんな場所で、高く評価する映画評を目にしましたよ。
- 諸冨
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何が面白いかというと、オランダの貴族で、生まれながらの大金持ちの中年男性が、母親が亡くなったことで、これでもう思う存分、誰への気兼ねもなく、かねてからの自殺願望を果たせるぞ、と。
すでに奇妙な設定なんですが(笑)そこで「あなたの天国への、最後の旅立ちをお手伝いする旅行代理店」、つまり安楽死をセッティングしてくれる代理店の存在を知って、契約を結ぶんです。
- 池ノ辺
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すごくブラックコメディね。
なんで、タイトルが『素敵なサプライズ』なの?
- 諸冨
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その代理店には、いろんな殺し方があるんです。
そのなかで「サプライズコース」というのがあって、「普段通りの日常を過ごしていたら、突然何の証拠も残さず見事に殺して差し上げます」と。
- 池ノ辺
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それがポスターのこの男性なのね。
で、一緒に写っている女性が殺し屋?
- 諸冨
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彼女も「サプライズコース」を選んだ顧客なんです。
どちらも厭世的だから、話が合うんですよ。
死にたくてしょうがない二人だから(笑)。
で、話が合いすぎて、ちょっと良い仲になって、「ちょっとこのサプライズコースを延期してくれない?」と代理店にお願いしたら、「契約の中途解約はできません」と。
- 池ノ辺
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それは大変だ!で、どうなるの?
- 諸冨
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それで二人で逃げるんですけど、代理店も必死で追跡してきて、さらに大どんでん返しがある、オランダでヒットした映画なんですけど、東京でもスマッシュヒットになりました。
- 池ノ辺
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意外に思う人がいるかもしれないんだけど、松竹って海外映画の買い付けもしているんですよね。
『エクスペンダブルズ』はポニー・キャニオンさんと共同出資だったでしょう?
- 諸冨
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ポニー・キャニオンさんと共同出資でチェーン作品を公開している時期もあったんですが、最近は『素敵なサプライズ』と同様の全国15館くらいで公開する作品が多いです。
昨年でいうと、『アデライン、100年目の恋』がそうですね。
松竹の関連会社で劇場を運営する松竹マルチプレックスシアターズが、チェーン作品とは一味違うアート系作品をピカデリー系列で上映する「ピカデリープライムレーベル」というブランドを昨年作ったのですが、『アデライン〜』がその1本目になります。
- 池ノ辺
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面白い展開ですね。
- 諸冨
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なぜそういうラインを作ったかというと、昔は渋谷が映画の街でしたけど、再開発もあって、渋谷は今、映画館がどんどんなくなっちゃって、逆に新宿に軸足が移ってきたじゃないですか。
新宿ピカデリーと、バルト9と、TOHOシネマズで、たいていの作品が見られるし、それぞれ特色もある。
バルトはアニメ展開が強く、TOHOは歌舞伎町にあってオールラウンドに強い。
我々ピカデリーの強みを考えると、お隣に伊勢丹があって女性客が多いんです。
映画を見る前後に、伊勢丹でお買い物をして、カフェで休憩して、充実した一日を楽しみましょうと提案できるような、大人の女性を意識したラインナップが洋画に関してはあってもいいんじゃないかと思って。
- 池ノ辺
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邦画も相変わらず、絶好調でしょ。
三代目J Soul Brothersの岩田剛典さんと高畑充希さんの『植物図鑑』は予想以上の大ヒットだったんじゃない?
- 諸冨
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お陰様で20億円を超える大ヒットとなりました。
- 池ノ辺
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これの勝因は?
- 諸冨
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まずは有川浩さんの原作の良さ。
そして岩田くんと高畑さん、お二人の初主演作になりますが、まさに旬の輝きを放っていること。
2年前の、同じ三代目J Soul Brothersの登坂広臣くんと、能年玲奈さんの『ホットロード』も同じ構図ですが、今一番勢いのあるグループの人気者と、NHK朝ドラのヒロインの組み合わせが何と言っても効いたんじゃないかなと思います。
- 池ノ辺
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『ホットロード』は諸冨さんが宣伝企画室長になってから手掛けた作品?
- 諸冨
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そうですね。
- 池ノ辺
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新人監督の企画もあるけど、黒木瞳さんが監督されたのは驚きました。
『嫌な女』は本当に黒木さんが監督されたの?
誰か、補助がいるわけではなく?
- 諸冨
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はい、本当に撮影現場でしっかりと演出されていました
- 池ノ辺
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桃井かおり監督みたいに、この後も作るのかしら?
- 諸冨
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続けて撮っていくのは大変だと思いますが、松竹ではかつて大女優の田中絹代さんが監督として6本の作品を残されていますからね。
『嫌な女』は同名の小説が原作ですが、黒木さんはNHKのBSドラマでは主人公の一人を演じて、映画では監督を務めていらっしゃいます。
よっぽど原作に惚れこんで形にしたかったんだと思います。
- 池ノ辺
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中山優馬くん主演の『ホーンテッド・キャンパス』も同じくらいの規模の公開かしら?
- 諸冨
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もうちょっと少なくて、全国30館くらいです。
これはヒロインがAKBの島崎遥香さんで、大学のキャンパスを舞台にしたミステリーですね。
- 池ノ辺
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松竹さん、たくさんありますね。今年は全部で何本あるんですか?
- 諸冨
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邦画と洋画あわせて20本です。
- 池ノ辺
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すごい!これにアニメーションもあるんでしょう?
- 諸冨
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アニメが『聲の形』ほか9本あって、ほかにメディア事業部が配給する作品も16本あります。
こちらは比較的小規模公開の作品で、去年だと『トイレのピエタ』がそうです。
- 池ノ辺
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『トイレのピエタ』は松永大司監督も、主演の野田洋次郎さんも、ヒロイン役の杉咲花さんも高い評価を受けて、いろんな映画賞を受賞し、素晴らしい結果になりましたね。
- 諸冨
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そうなんです。去年はおかげさまで、ほかにも成島出監督の『ソロモンの偽証』、原田眞人監督の『日本のいちばん長い日』、堤幸彦監督の『天空の蜂』、そして山田洋次監督の『母と暮せば』など賞に絡む作品が多くて、大変嬉しかったですね。
- 池ノ辺
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私は同じく原田眞人監督の『駆込み女と駆出し男』が大好き。
- 諸冨
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駆込み女と駆出し男』も主演の大泉洋さんをはじめ、いくつか賞をいただきました。去年はクオリティの高い自社企画作品をお届けできたと思います。
- 池ノ辺
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『日本のいちばん長い日』は素晴らしかった。
役者もすごくいい。こういう歴史を振り返る作品を作って、若い人にも見せないと!と思いました。
- 諸冨
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去年は松竹創業120周年のメモリアルイヤー、かつ終戦70周年ということで、比較的重厚な作品が多かったんです。
実際に作品評価が高く、映画賞もたくさん頂いて、日本映画史に残るような作品も生み出せたと思います。
ただし、宣伝部の存在意義としては、やはりその時代の瞬間最大風速である興行収入を上げなくてはいけない。
去年はその点で数字的に足りなかった作品もありました。
今年は、作品の質でも興行収入でも十分可能性のある、魅力的でバラエティ豊かなラインアップが揃っています。
おかげさまで上半期は好調に来ているので、さらに頑張らなくてはと思っています。
(文・構成:金原由佳 / 写真:岡本英理)
『秘密 THE TOP SECRET』
記憶に潜入せよ。『るろうに剣心』シリーズ監督最新作! 衝撃のミステリー・エンタテインメント超大作!
出演:生田斗真 岡田将生 吉川晃司 松坂桃李 織田梨沙 栗山千明 リリー・フランキー 椎名桔平 大森南朋 監督:大友啓史 原作:清水玲子「秘密 THE TOP SECRET」 (白泉社刊・メロディ連載)
Ⓒ2016「秘密 THE TOP SECRET」製作委員会
PROFILE
■ 諸冨謙治(もろとみけんじ) 松竹株式会社 映画宣伝部 宣伝企画室長
1971年東京出身。大学卒業後、広告代理店旭通信社(現・アサツーディ・ケイ)でプロモーションを担当した後、97年シネカノンに入社。制作進行から宣伝まで主に邦画での宣伝業務を担当。2004年に東芝エンタテインメント(現・博報堂DYミュージック&ピクチャーズ)に移籍し、洋画(米国・欧州・アジア)・邦画と幅広く作品を担当。その後、CJエンタテインメント・ジャパンでマーケティングチーム長を経て、12年に松竹に移籍し、13年より現職。