杉咲花インタビュー 初めての単独主演映画で、プレッシャーを改めて感じた『市子』

劇作家・演出家・映画監督の戸田彬弘が、自身の舞台を映画化した『市子』が12月8日に劇場公開を迎える。

恋人からプロポーズされた翌日に、姿を消した女性。彼女はなぜそんな行動を起こしたのか? 恋人や刑事、知人が足跡を追っていくなかで、壮絶な過去が浮かび上がってくる。

観る者に鮮烈な印象を与える人物を全身全霊の演技で具現化したのは、杉咲花。自身初となる単独主演映画の公開を間近に控える彼女は、表現者として次のステージに進もうとしている。変わったこと・変わらないこと・変わろうとしていること――新たなる代表作となるであろう1本の制作秘話と共に、杉咲さんに語っていただいた。


――杉咲さんが出演を決められる際、重視しているポイントはありますか?

ポイントはさまざまですが、強いて言うのであれば、俳優として挑戦することに意義を感じられるときか、人間として成長させてもらえる予感のするとき。そのどちらかがピンとくる作品に携わっていきたい気持ちがあります。

――その判断材料の一つが、脚本かと思います。役者さんによっては俯瞰で1回、自分の役に注視してもう1回読んで判断される方もいらっしゃいますが、杉咲さんはいかがですか?

私自身は、自分が演じる想像をしながら読むタイプだと思います。初めて読んだときに自分自身がどんな感覚になるのか敏感でいたいので、特にどういう視点で読もうかといったことは意識していません。読みたくなったら繰り返し読むこともあります。

――「決め打ちにしない」というのは『市子』においても一つのキーワードだったのではないでしょうか。というのも以前「わからなさ」が市子を演じるうえでのテーマの一つと仰っていたので。

いまは撮影が終わって振り返る余裕があるからこそ、そう言える部分もあるのかもしれません。ですが撮影当時は“分からない”ことに対して危機感のほうが強くありました。当時はそんな気持ちのまま進んでいくしかない場面もありましたが、結果的にそれで良かったのではないかと今は思っています。

――確かに「わからなさ」を意識すると、それはそれで作為的になりかねませんね。戸田彬弘監督は原作者でもありますが、監督の言葉で市子の人物像がはっきり見えた瞬間はありましたか?

プロポーズのシーンを撮る直前に「実は市子はニュースを見て、これからどうするかは決めているのかもしれませんね」と言われたんです。そうなってくると、また心の在り方が変わってくるというか、何か、より身に迫るものがありました。だからこそああいったシーンになったのではないかとも思うのですが、戸田監督はそのようなことをポロッとさりげなく言ってくるので、すごいな、と思います。飄々とされていて、物語に入り込むというよりは、かなり俯瞰的な印象があるのに、誰よりも登場人物と近いところにいらっしゃるというか。私はそこに、完全に身を委ねていました。

――ある種、アンコントロールなものも映り込むわけですよね。杉咲さんご自身が完成した作品をご覧になったとき、ご自身の姿にどんなことを感じられたのでしょう。

純粋に、ああいった瞬間がカメラに収められることってあるんだなと。驚きました。正直この先あのような表現ができるのかと問われると、なかなか自信の持てないほどの境地に連れて行ってもらった気がしています。あのとき、あの現場でしか撮れなかったものが収められているのではないかなと思います。

――取材を受けるなかで変化も生じているかと思いますが、市子という人物はまだご自身の中では客観視しきれないところがありますか?

そうですね。というより、この先も“理解ができる”なんていうことはないのかもしれないな、という考えに帰結した気がしています。

――なるほど。その話で思い出すのが、杉咲さんが演じるのに苦労されたシーンにキキ(中田青渚)や母(中村ゆり)との会話シーンを挙げていらっしゃったことです。どちらも市子の本音が漏れた瞬間ではないかと思っていて。ある意味、主観が出すぎるといいますか。

確かにそうですね。こうやってインタビューを受けていても思うのですが、自分が本当はどう思っているのかわからなくなるような瞬間ってたくさんありますし、本心で思っていることを言いそびれてしまうこともある。市子がそうだったかはわかりませんが「本音を出すことは怖いこと」という感覚が、私の中には常にあって。ひょっとしたら、それに近いものがあったのかもしれないなぁと。

――観ているこちらとしては、わからなさを湛えた市子が自分にグッと近づいたような気がするシーンでもありました。ある種の虚飾のなさを嗅ぎ取ったのかもしれません。しかし、市子は接する相手によってガラリと変わる人物でもありますよね。共演者の方々とのセッションを総括すると、どのような感じだったのでしょう。

人それぞれだったように感じています。距離を縮めて下さる方とは他愛のない話をして過ごしましたし、撮影以外ではあまり接触のない方もいました。私は、もともとは現場にいる方々と積極的にコミュニケーションをとっていくようなタイプだったのですが、当然関わる方々によって現場でのスタンスは変わってくるということを改めて理解し始めたタイミングだったこともあり、ここ数年は共演者の方の佇まいや様子を見ながら、お互いにとって心地の良い距離感を探していきたい気持ちが強まってきています。そんななかで、「市子」の現場で過ごした皆様との時間は、とても充実した時間だったなと思います。

――杉咲さんご自身は、『市子』に限らず撮影の合間は役の纏った雰囲気を解かずに過ごすことが多いのでしょうか。

そうですね‥‥。切り替えながら集中できるタイプであれば、そのような向き合い方を避けたい気持ちではあるのですが、私はあまり器用にできないほうなので。シンプルにとても緊張する、というのもあるのですが、仮にうまくいかなかったときに「物語から離れたところで楽しんでしまったからできなかったのかも」と後悔してしまいかねないので、現場にいる間は緊張感を保つ方だと思います。

――お話を伺っていても、役への敬意が凄まじいですよね。

どこか実在感を抱きながら演じている感覚があるのかもしれないです。私は、たとえ物語の中の人物であったとしても、自分たちの世界と地続きの場所にいると感じられるような人であってほしい気持ちがあって。

――『市子』もそうですが、杉咲さんのフィルモグラフィを改めて振り返ると、感情を激しく放出する役を託されることが多かったのではないかと。いまお話しされたような敬意を皆さんが感じられているからこそなのかな、と感じました。

どうなのでしょう‥‥。確かに、苦しみの中にいたり、傷を抱えた役柄が多かったようにも感じますが、それはどんな役にも、そしてもっと言うと現実を生きる人々にも、突き詰めていくとそういった感覚というのは潜んでいるものなのではないかな、とも思います。そしてこれまで巡り合ってきた役や作品が、そういった気付きを与えてくれてた感覚があります。

『トイレのピエタ』のオーディションを受けたとき、松永大司監督に「そんな芝居なら俺にもできる」と言われてしまったことがありました。当時の私は、「怒っている」という表現を求められたときにそう“見える”お芝居をすることが正解だと思っていたし、何かがぐつぐつと沸騰して温度が上がっていくような感覚がなくても、怒るお芝居をすることに抵抗がなかったんです。けれど、それは表面的な表現であるということに気付かされて。教えてくださった松永監督には感謝をしています。そういった時間を経て、いまは役としての実感を得られるような状態へ限りなく近づいていくことを意識するようになりました。

――128日に公開される『市子』は、今年を締めくくる1本です。杉咲さんにとって、2023年はどんな年でしたか?

去年も感じたことなのですが、物理的に作品に関わる密度が濃くなってきていて、いまの自分はそういった向き合い方を求めている時期なんだと実感した年でした。実は『市子』は自分にとって初めての単独主演映画ということもあり、今までに感じたことのないようなプレッシャーが降りかかってくる感覚もあります。作品が残り続ける限り、自分もその一部であるということに責任を感じています。だからこそ、いまの自分にできることであったり、観客に何を届けたいのかということを今まで以上に考えさせられた年でした。

――作品を背負った言葉を求められる瞬間も、主演だとどうしても増えますよね。

そのときに出てくる言葉というのは、作っていく過程で作品と向き合ってきた自分の姿が現れるようなものだと思っています。一個人として日々を営む自分の姿勢や態度は、他者を演じるときにも何か鏡のように映し出されるものだと思うからこそ、「ひとりの人間として自分がどう在りたいか」ということをより意識するようになりました。

取材・文 / SYO
撮影 / 藤本礼奈

ヘアメイク:中野明海、スタイリスト:𠮷田達哉

映画『市子』

川辺市子は、3年間一緒に暮らしてきた恋人の長谷川義則からプロポーズを受けた翌日に、忽然と姿を消す。途⽅に暮れる⻑⾕川の元に訪れたのは、市⼦を探しているという刑事・後藤。後藤は、⻑⾕川の⽬の前に市子の写真を差し出し「この女性は誰なのでしょうか。」と尋ねる。市子の行方を追って、昔の友人や幼馴染、高校時代の同級生‥‥と、これまで彼女と関わりがあった人々から証言を得ていく長谷川は、かつての市子が違う名前を名乗っていたことを知る。そんな中、長谷川は市子が置いていったカバンの底から1枚の写真を発見し、その裏に書かれた住所を訪ねることに。捜索を続けるうちに長谷川は、彼女が生きてきた壮絶な過去と真実を知ることになる。

監督:戸田彬弘

原作:戯曲「川辺市子のために」(戸田彬弘)

出演:杉咲花、若葉竜也、森永悠希、倉悠貴、中田青渚、石川瑠華、大浦千佳、渡辺大知、宇野祥平、中村ゆり

配給:ハピネットファントム・スタジオ  

©2023 映画「市子」製作委員会

公開中  

公式サイト ichiko-movie