昔ながらの親戚づきあいと仮想世界を組み合わせた『サマーウォーズ』(09年)、母と子どもの13年間にわたる成長を描いた『おおかみこどもの雨と雪』(12年)、血縁とは異なる心の絆を説いた『バケモノの子』(15年)と、細田守監督は毎回ユニークなテーマのオリジナル作品を生み出してきた。新作『未来のミライ』も守りに入ることなく、これまでのアニメーション作品にはなかった新感覚の冒険ファンタジーに仕立ている。忘れ去っていた幼年期の様々な記憶や感情を甦らせてくれる『未来のミライ』は、どのようにして作られたのか?実際に2人のお子さんの子育てに取り組む細田監督に、新作に込めた想い、アニメーション監督になる上で大きな影響を受けた読書体験について語ってもらった。
企画と現場、双方にとってチャレンジングな作品
──4歳児のくんちゃん(声:上白石萌歌)が空想の世界で冒険に繰り出す『未来のミライ』ですが、企画のはじまりについて教えてください。
きっかけは、僕と息子の会話でした。下の娘が生まれたばっかりだった頃、息子に毎朝「どんな夢を見た?」と尋ねていたんですが、ある日「大きくなった妹に逢ったよ」と話したんです。えっ、赤ちゃんがそのまま巨大化したのかなと思ったのですが、よく聞くとお姉さんになった妹に逢ったそうなんです。成長した妹と一緒に夢の世界で遊ぶなんて、面白いなぁと。奥さんにこのことを話したら「私は小さいままのほうがいいな」という返事でしたが、この台詞もそのまま劇中で使っています。細田家の日常会話から生まれた映画なんです(笑)。
──4歳の男の子を主人公にした映画はなかなかありませんね。
そうなんです。宮崎駿監督の『となりのトトロ』(88年)のメイちゃんは4歳児ですが、女の子です。このくらいの年齢は、女の子のほうが成長が速い。『ミツバチのささやき』(73年)や『ロッタちゃんと赤いじてんしゃ』(92年)は6歳、5歳の女の子ですし、『クレヨンしんちゃん』は男の子が主人公ですが、やはり5歳児です。なので、4歳の男の子を主人公にしたいと企画提案したときは、「誰が観る映画なんだ?」「無謀すぎる」とずいぶん言われました。幼児を対象にした映画は『アンパンマン』『プリキュア』などがありますが、そうじゃなくて、いろんな世代が自分の子ども時代や身近な家族を思い浮かべながら、楽しんで観る映画だと説明したんですが、受け入れてもらうのに時間を要しましたね(苦笑)。アニメーターたちが子どもを描けなくなっているのも、ネックでした。『となりのトトロ』はもう30年以上前の作品です。今回、優秀なアニメーターに集まってもらいましたが、子どもたちを観察し直すことから始めました。アニメーターのみなさんに子どもをデッサンしてもらったり、だっこしてもらって幼児の柔らかさを確かめてもらったりしたんです。企画としても、アニメーションの現場においてもチャレンジングな作品だと思います。
新しい家族に相応しい、新しいコンセプトの家
──くんちゃんのおとうさん(声:星野源)は新進の建築デザイナー。おとうさんが新しく建てた一軒屋は、家の中に壁がなく、段差によって仕切られているという変わった構造です。おとうさんに代わって、家の設計の解説をお願いします。
映画の中に登場する家は、普段は美術監督が設計するのですが、今回は若手建築家として活躍する谷尻誠さんに設計図を描いてもらいました。僕から「予算はこのくらいで、こんな感じの家を」とお願いして、きちんと設計図を引いてもらったので、本当に建てることができるものです。伝統的な家屋ではなく、これからの子育てを考えた、新しい家族に相応しい家になっています。僕らは「段差のある家」と呼んでいるんですが、壁やドアは家の中にはまったくなく、段差のみで区切られています。いちばん上の寝室から、その下にあるリビング、中庭、子ども部屋もすべて見渡すことができるようになっているんです。一番下にある子ども部屋から上を見上げることもできます。誰がどこにいるかすぐ分かるし、くんちゃんが家の中を走り回ったり、冒険できるような構造になっています。実際に家を建てて、しばらくそこで暮らしてから映画製作できればよかったんですが、さすがにそこまでは無理でした(笑)。
──段差や傾斜のある空間は、細田作品の特徴でもありますね。
傾斜や段差って、映画を描く際にとても重要な要素なんです。上から下へ転がり落ちるとか、下から上へと跳び上がるとか、とても映画的な動きなんです。『時をかける少女』(06年)は坂道のある街だからこそ成り立つ物語でした。坂道を駆け下りることで、主人公に勢いが生じる。先日のカンヌ映画祭でも、フランスの映画誌の記者に「映画の美学を家の中に持ち込んでいる」と指摘されました。
──妹のミライちゃん(声:黒木華)が生まれたことで、くんちゃんはおかあさん(声:麻生久美子)やおとうさんの愛情を独占できなくなったことに心理的にも落ち込んでいくけれど、堕ちるところまで堕ちると想像の世界で飛翔することに。下に向かっていると思えば、上へと浮上していく。まるでエッシャーのだまし絵を観ているかのようです。
確かにそうですね。後半には東京駅のシーンがありますが、やはりそこも高低差がある構造になっています。両親の名前がまだ言えないくんちゃんは、地下ホームに迷い込むことになる。どんどん下に墜ちていくけれど、やがて空へと舞い上がっていく。また、空を上昇していると思っていたら、実は墜落していたりと…。上下の動きをどう面白く描くことができるかは、アニメーション監督としての腕の見せ所と言っていいでしょうね。