Sep 06, 2017 interview

映画『おクジラさま』はなぜ世界から注目されるのか『ハーブ&ドロシー』の佐々木芽生監督に聞く

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──佐々木監督のカメラは、イルカの追いこみ漁の舟に乗せてもらうところまで、地元の漁師さんたちとの関係性を築いているように見えます。

太地町の漁協組合のなかに、追い込み漁にたずさわる23人の漁師さんから成る「いさな組合」があります。10年の撮影時には、当時の組合長の脊古さんが、『ザ・コーヴ』が公開された年だったこともあって、自分たちの言い分を伝えようとして取材を受け入れてくれた。4年後に行ってみたら、日本のマスコミにすら好意的に伝わらないので、「取材は一切断っている」と新しく就任した組合長に言われました。そこでわたしは「どういう企画か聞かないで判断するのはおかしい」と食い下がりました。組合長の家に招待されて、一緒にスジイルカの刺身をショウガ醤油で食べ、焼酎を浴びるほど飲みました。
3日後に漁協の会議室に呼ばれたので、いさな組合の漁師さんに自分の映画の目的をプレゼンしました。年配の漁師さんたちの方が若い人たちよりも撮影に好意的でした。たぶん、年配の人たちは自分たちがやってきたイルカ漁やクジラ漁にプライドを持っているし、自分たちの考えを伝えたいという気持ちが強かったんでしょう。ひとりの若い人が「佐々木さんの映画に協力して、本当にそれで事態は良くなるんですか」と言いました。痛いところを突かれて、頭をガツンと殴られたような気持ちでしたね。会議室がシーンとなりましたが、年配の漁師さんが「これ以上、悪くなることもないんじゃないか」と言ってくれて救われましたね。

 

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(C)「おクジラさま」プロジェクトチーム

──『おクジラさま』では、シーシェパードの人たちにも、ある程度の正義があるように描かれています。多くの活動家が自己資金で旅費と滞在費を払い、ボランティアとして監視活動をしている。また、ネット社会が進んで、彼らが動画配信やSNSを使って宣伝している姿と、地元の漁師さんたちが情報を発信できずにいて世論に追いこまれている、情報強者と情報弱者の比較も興味深いです。

『おクジラさま』は捕鯨の問題をあつかっていますが、その賛否を問うているのではないのでしょう。捕鯨問題は入口であり、太地町で起きていることの向こうにある現代社会の問題、普遍的なテーマを描きたいと編集段階で考えました。現代の高度にデジタル化され、ソーシャル化された社会において、情報合戦に勝った人たちが世の中を制覇していく。アメリカのドナルド・トランプもそれで大統領になったわけです。そのようなグローバルな価値観とローカルな価値観の衝突が、いろいろなところで起きていて、そのなかで取り残されているのが地方の人たちなんだと思います。
太地町の漁師さんたちのように、自分たちの考えを発信できない人の声は、マスメディアには拾われず、わたしたち一般人にも届いてこない。ポスト・トゥルースの時代と言われますが、人々は何が真実かということに関係なく、自分に都合の良い情報だけを聞くようになっています。世界を動かしているのは、真実でも科学でもテクノロジーでもなく、人間たちの感情なので、その感情を操作する人たちやメディアが勝利していく。漁師さんたちも、このまま手をこまねいていいとは思っていませんが、「何から手をつけていいのかわからない」と途方に暮れているのです。

──映画にもあるように、子どもたちがクジラ肉を食べるのは学校の給食くらいのもので、一般的には段々と食べられなくなってきているんですよね。

ええ。ですが、海外の人たちが反対する限り、この漁や食の伝統は逆になくならないでしょう。なぜなら、クジラ・イルカ問題はナショナリズムと一緒にされている面があるからです。外国人というイルカ漁に反対する「敵」がいて、漁師さんたちが攻撃されるという構図があるうちは、「これは日本人の食文化であり、太地町の人たちの伝統なのだ」となり、あくまで抵抗する姿勢になってしまう。太地町にやってくる外国人たちは口々に「イルカやクジラ以外にも、他に食べ物があるでしょう」「イルカ漁ではなく、イルカやクジラを見守るような職業に変えればいいのでは」と提案しますが、これは単純に食料や職業の問題だけではないんです。
取材にいくと、太地町の子どもたちは「博物館にお祖父ちゃんがクジラを獲ったときの写真が飾ってあるで」とか、「お祖母ちゃんが、家にクジラの歯のネックレス持ってはる」などと教えてくれます。そこにはクジラやイルカと共に生きてきた、町民の誇りやアイデンティティがあります。もし捕獲を完全にやめてしまったら、それが失われてしまう。アラスカで環境保護団体の圧力に屈して、クジラ漁をやめた先住民たちの町では、男たちがアル中になって町自体も衰退しました。食料としての鯨肉とか、経済活動としての捕鯨という面だけでなく、もっと深い精神文化が否定されることに、太地町の漁師さんたちは抵抗しているのだと思いますね。

──『おクジラさま』は漁師さんたちと反捕鯨団体の対立を描くだけではなく、何か大きなテーマとつながっているように思います。

大きな目で見たら、太地町の漁師さんたちが求めることも、シーシェパードの人たちが願っていることも、最終的には同じところに行き着きます。それは何かというと「豊かな海の自然環境を守る」ことです。いま海の環境には、さまざまな問題があります。そのなかで、太地町の漁師さんたちがイルカやクジラを1000頭や2000頭獲ったとして、地球全体の環境を守る視点から見たら、それほど優先順位の高い問題ではないのではないでしょうか。わたしたち個々が持っている差異ではなく、お互いが持っている共通点に注目して、共にできることを考えるようになればいいのにな、とわたしは切に思います。

取材・文 / 金子遊
撮影 / 江藤海彦

 

プロフィール

 

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佐々木 芽生(ささき めぐみ)

監督・プロデューサー。北海道札幌市生まれ。1987年よりニューヨーク在住。フリーのジャーナリストを経て1992年NHKアメリカ総局勤務。『おはよう日本』にてニューヨーク経済情報キャスター、世界各国から身近な話題を伝える『ワールド・ナウ』NY担当レポーター。その後独立して、テレビの報道番組の取材、制作に携わる。2008年、初の監督作品『ハーブ & ドロシー アートの森の小さな巨人』を完成。世界30を越える映画祭に正式招待され、米シルバードックス、ハンプトンズ国際映画祭などで、最優秀ドキュメンタリー賞、観客賞など多数受賞。2013年、続編にあたる映画『ハーブ&ドロシー2~ふたりからの贈りもの』を完成。2016年、第3作目にあたる長編ドキュメンタリー映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』を完成させ、同年釜山国際映画祭コンペティション部門に正式招待された。

 

書籍紹介

 

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『おクジラさま ふたつの正義の物語』

大ヒットドキュメンタリー映画『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』の佐々木芽生監督が、6年の制作期間をかけて完成させた映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』。本書は、同映画の取材をもとに書き下ろした、著者初のノンフィクション作品。

紀伊半島南端に近い、和歌山県太地町。追い込み漁を糾弾した映画『ザ・コーヴ』がアカデミー賞を受賞して以来、この小さな漁師町は世界的論争に巻き込まれた。
「くじらの町」として400年の歴史を持つ「誇り」は、シーシェパードを中心とした世界中の活動家たちから集中非難の的となる。ヒートアップする対立が沸点に達しようという2010年秋、著者は太地町を訪れる。 そこでは、マスメディアが報じてきた二項対立――捕鯨を守りたい日本人とそれを許さない外国人――という単純な図式ではなく、賛否に縛られない多種多様な意見があった。
歴史・宗教・イデオロギー、自分と相容れない他者との共存は果たして可能なのか。
装画は、映画のポスターと同じ日本画家の山口晃氏。

詳しくはこちら

 

映画紹介

 

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(C)「おクジラさま」プロジェクトチーム

映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』

「ハーブ&ドロシー」を撮った佐々木芽生監督が、捕鯨問題で世界中の活動家から集中非難を浴び、世界的論争に揺れる小さな漁師町・和歌山県太地町の現状を追う。捕鯨問題を切り口に、異なる宗教、歴史、思想を持つ他者との共存は果たして可能なのか、グローバル化する世界の地域主義の行方など、さまざまな課題を投げかけるドキュメンタリー。

2017年9月9日(土)、ユーロスペースほか全国順次公開
原題:A WHALE OF A TALE/2017 年 / 日本・アメリカ /97分/HD/16:9
制作:FINE LINE MEDIA JAPAN
制作協力:ジェンコ、ミュート、朝日新聞社
協賛:アバンティ、オデッセイコミュニケーションズ
配給:エレファントハウス

http://okujirasama.com/