長年ニューヨークで暮らし、NHKの番組キャスターなどで活躍してきた佐々木芽生さん。映画監督デビュー作となったドキュメンタリー映画『ハーブ&ドロシー』(08)では、現代アートの収集家ヴォーゲル夫妻に取材し、国内で6か月にわたる異例のロングランになった。そんな佐々木監督が、『ザ・コーヴ』で有名になった和歌山県太地町のイルカ漁やクジラ漁を取材した新作『おクジラさま ふたつの正義の物語』の劇場公開を前に来日。同名のノンフィクション書籍も刊行したばかりの佐々木監督に「いま、なぜ、捕鯨問題なのか」について、ドキュメンタリー監督で評論家でもある金子遊氏が話を聞いた。
──佐々木監督はニューヨーク在住30年。NHKアメリカに勤務して、経済情報番組のキャスターや『ワールド・ナウ』のレポーターをやってこられました。郵便局員だったハーブ・ヴォーゲルさんと、妻で図書館司書のドロシーさんに出会い、『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』というドキュメンタリー映画を製作に至ったきっかけを教えてください。
2002年に、NHKの教育番組のために、クリスト&ジャンヌ=クロードの展覧会のリサーチをしていました。ナショナル・ギャラリーで展示されたクリストの作品がすべて、ヴォーゲル夫妻のコレクションから展示されていたことを、そのときに初めて知り、そんなおとぎ話の主人公のような収集家が実在するのかと驚きました。最初のうちはカメラを持たずに、ハーブ&ドロシーの家を訪ねることが多かったです。老夫婦で子どももいなくて寂しかったのか、歓迎してくれましたね。そのうち「遊びに来るついでにファックス用紙を取り替えてほしい」とか「電球を取りつけてほしい」とか頼まれて、段々と信頼してくれるようになり、4年にもおよぶドキュメンタリー映画の撮影につき合ってくれるようになったのです。
──続編『ハーブ&ドロシー2 ふたりからの贈り物』(13)の撮影はどのように始まったのでしょうか。1作目が完成した半年後に、佐々木監督はインディアナポリスの美術館で、彼らのコレクションを初めて見たそうですね。
それまで、わたし自身が肝心の彼らのコレクションの凄さを、あまり見ていなかったという反省がありました。美術館という表舞台で、キュレーターがついて、照明や空間設置がなされて、きちんとした形で彼らのコレクション展を見たのが、そのときが初めてでした。続編では、彼らのコレクションが配給されて、全米を巡回していく様子を描きました。ハーブが亡くなったこともあって、彼らの収集品もひとつの節目を迎えたんですね。
ふたりのコレクションは、美術の世界や世間的な潮流を意識しないものだと思います。庶民なのでお金もないし、作品を保存するための部屋のスペースも限られている。ふたつの制約のため、収集品には現代アーティストのスケッチやドローイングが多い。メインの作品ができるまで、美術家が試行錯誤したプロセスや内面がそれによってわかります。それは、ふつうの収集家が集めないもので、彼らのコレクションがユニークな存在になったひとつの理由ですね。