―― 小林薫さん演じる【お父さん(渡口義一)】とのやたらとすれ違っている関係性もそうですが、伏線となる写真のシーンには胸が熱くなりました。
伊藤 薫さんとは沢山お話をしたわけではないのですが、僕が一番印象に残っているのは電話のシーンです。「こっちのことは気にしなくていいから、それだけだ」というシーンを薫さんと一緒にオンリー(音声のみ)で一回録ったんです。その時、薫さんのお芝居を近くで見させてもらって鳥肌が立ちました。お陰でその後に撮った駅から一人で電話をするシーンの時は、気持ち的にも役の想いに凄く入りやすかったです。
リアルに自分の人生とかぶる部分も多くて‥‥、お父さんに「訴えられた」と言うシーンもそうです。全然内容は違うけれど、父親に話をしに行く時に上手く言葉のチョイスが出来なくて、結果的にギクシャクした感じで終わってしまう雰囲気とかも自分のリアルな生活の中にありました。淳と両親とのシーンは監督に話した実生活でのことが反映されていると思います。
―― 小林薫さんと余貴美子さんは、伊藤健太郎さんと共演されていかがでしたか?印象を教えて下さい。
小林 僕たちが芝居をする時、足し算をどうしていくかを考えがちなんです。でも、伊藤くんを含めた若い人たちは、引き算がちゃんと出来る。本当にナチュラルな感じで現場に立てるんです。想いみたいなものは、映像の中から出てくるから過剰にそれを説明しないようなイメージで、ナチュラルに演じるんです。その波動みたいなものを凄く感じる役者さんだと思いました。
伊藤 恐縮です。
余 本番までお話をしたことがなかったんですけど、親子関係を作るのに時間はかからなかったです。スッとその世界に入る、台詞の内容ではなく、関係性をすぐに作れたのが良かったです。人生の途中から始まり途中で終わる物語では、長く過ごした見えない時間を感じるのは難しいです。伊藤さんはすぐに関係性を縮めてくれました。
伊藤 僕はおばあちゃん子でおばあちゃんとずっと一緒に居たんです。だから同世代と居るよりもおじいちゃん、おばあちゃん、母親世代と一緒に過ごす方が感覚としては落ち着くんです。薫さんと余さんは、自分の両親と同世代なので3人での待ち時間などでは“何か本当の親子みたいだな”と勝手ながらも感じていました。逆に僕の方こそ皆さんに雰囲気を作って頂いていました。
―― キャスティングが大事だとも思いました。監督は当て書きとおっしゃっていましたが“石橋蓮司さんだからこの演技をする”という感じがあまりに面白くて。伊藤さんが石橋蓮司さんの【役者の顔】を見て“吸収しよう”と思った部分を教えて下さい。
伊藤 【淳】が唯一フラットな状態で全開ではないけれども、心を少しオープンな状態でお話出来る人が蓮司さん演じる【たっちゃん(達雄)】だったような気がしています。蓮司さんと2人きりで話すシーンを撮らせて頂いたんですが、蓮司さんが温かく包み込んでくれるような感じがして心地良かったです。
「ガキの頃から言ってくるよね」という台詞があるのですが、お芝居としてやっていない感じがするし、もちろん蓮司さんとは経験していない、想像の範囲の部分なのに、凄くリアルに出てきたんです。自分が小さい時に蓮司さん演じる【たっちゃん】とキャッチボールをして遊んだり、お年玉を貰ったりしていた描写が頭に浮かんで来て“これは蓮司さんのこの雰囲気とお芝居のおかげなんだ”と思いました。凄く勉強になりましたし、学べる部分がありました。
―― 家族間の小さな喧嘩シーンも好きです。
伊藤 僕はお母さんが出ていく時に、一回座ってから出ていくのがたまらなく好きなんです。あるあると思って(笑)。
―― それは脚本から浮き上がってくるものなのですか。
余 実はあのシーンの後にもう一つシーンがあって、お母さんは家を出て行くのかと思わせて玄関前で煙草を吸っているところに、お父さんが出て来て「ごめんな」と謝るという場面だったのですが、カットされてしまいました(笑)。
小林 確かご近所さんが通って、煙草を吸いながら挨拶をするんだよね。近所の人とはちゃんとコミュニケーションがギリギリ取れるという微妙なシーンがあったんです。
―― 日常シーンをたくさん撮影されていたのですね。
伊藤 事務所で【淳】がこれからデザイナーになると話に行った時、お父さんは嬉しいんだけど「ちょっと薔薇に水をやってくる」と言って「薔薇に水をやったことなんてないじゃない」とお母さんに言われた後の薫さんのリアクションが凄く面白くて“こういうお父さんいるよね” って、最高でした(笑)。