Feb 20, 2021 interview

『痛くない死に方』主演の柄本佑が語る、演技へのこだわりと映画愛

A A
SHARE

『禅 ZEN』や『赤い玉、』など多くの作品を生み出し続ける高橋伴明監督が、在宅医療のスペシャリストである長尾和宏氏の著書を読み、オリジナル脚本を執筆、映画化した『痛くない死に方』。若き医師、河田が在宅医療のあり方に気付き、生きること、寄り添うことの意味を知る物語。キャストには伴明組らしく奥田瑛二さん、宇崎竜童さん、更に坂井真紀さん、余貴美子さん、大谷直子さんという顔ぶれ。今回は、主演の柄本佑さんに、高橋伴明監督との映画作りやシネフィルと言われるほどの映画鑑賞歴を持つご本人から映画愛を語っていただきました。




再生ボタンを押すと柄本佑さんのラジオトークがお楽しみいただけます

――柄本さんが出演されている作品は「この監督と柄本さんのコンビ、面白そう」といつも思います。作品選びの中で監督を大切にしているのですか。

大きいですね。監督、もしくは共演者だったりします。

今回は高橋伴明監督でしたけど「高橋伴明監督だよ」と言われた瞬間に「やります」と。そういう監督はいっぱいいます、根岸吉太郎監督、高橋伴明監督、もう撮られていませんが澤井信一郎監督などからお声が掛かったら二つ返事です。内容とか関係ないです。あとは共演者、例えばワンシーンしかないけど(石橋)蓮司さんや(岸部)一徳さんとの共演なら絶対に出演したいと思う、ほとんどミーハーなチョイスです。『一度も撃ってません』は無理して出演させてもらいました(笑)

――そういった意味で敬愛する高橋伴明監督作品に主演するうえで、自分の中で何かしらのミッションを作ったりしたのですか。

裸一貫で臨む、それしかないです。前回『赤い玉、』(公開:2015年)でご一緒させて頂きましたが、今回は主役ということで伴明さんと一番長い時間一緒に居られるポジションでやらせてもらえるわけですからね、裸一貫で。とにかく伴明さんに全てを託そうと思っていました。

“凄いな”と思ったのは、本(脚本)のこともあるんです。本の中で既にかなり演出がなされていたんです。具体的に台詞や動きがのっかっているし、安心して本に書かれていることをやれば成立するようになっている、映画になるようになっているんです。きっといい本ってそうなんだと思います。本を読んだ時に“凄く面白い”と思ったし、映画の要素である起承転結の上手さ、そういったものが非常にソリッドな形になっていて、かつその中に全共闘世代の獄入りとか、伴明さんならではの部分が入っていたり、そういうところが洒脱で、それに抜けも良くって“脚本の教科書だ”と思いました。出来上がった映画も「全部一回忘れて、ここから始めませんか?」と言われているようで、お手本のようでもあるし、それを逸脱した面白さがある気がします。

――歩き方ひとつ、喋り方ひとつが医師そのものでした。立ち振る舞いについて何か準備されたのですか。

一日だけ原作者であり、医療監修の長尾先生の在宅医療を見学しに行きました。先生は一日に15~20軒ぐらい周られるようなんですけど、映画と同じように短パンとかで聴診器だけ持って、本当に近所の親戚が訪ねて来るみたいに「こんにちは、どう調子は」という感じで訪問されるんです。なぜ、そのスタイルになったかというと、在宅って家にずかずかと入っていくじゃないですか。その時に白衣やお医者さん鞄を見れば「お医者さんが来た」と思われる、それは圧でしかない、それは医者側からの攻撃でしかないという長尾先生の考え方らしいです。

とにかくお医者さんらしさを省いていくという考えから白衣を脱ぎ、お医者さん鞄も持って行かずに聴診器だけで近所のおじさんが遊びに来るみたいな距離感、親近感を持って患者さんとやり取りをするというのが長尾先生のポリシーとしてあります。

この映画は1部、2部という感じで、(前半、多忙な主人公・河田は末期がん患者である井上敏夫を苦しませてしまう。その後、河田は考えを改め、在宅医の先輩・長尾先生の元で学ぶ)後半からは長尾先生に近い方向になっていくんです。その高低差として前半は髪型もちょっと艶っぽくして白衣を着ています。それに付け加えたのがメガネです。衣装合わせが終わった時、監督に「佑、メガネとかいらないよな」と言われたので「無くて全然いいと思います」と話をしていたんです。でも家に帰って本を読んでいる時に思ったのが“白衣を脱ぐ、髪の毛はこうする”と2年間の間で河田は考えるわけですが、“白衣を脱ぐ、髪型はどうこうする”は奥田(瑛二)さんが演じられる長野先生からの教えなんです。自分が考えた“自分をお医者さんとしている武器は”となった時に思いついたのがメガネです。“メガネはお医者さんみたいで圧を与える”と思った河田君は、メガネを外してコンタクトに変えたという逆説をつければと。髪型と白衣、もう1つメガネをつけることでいい高低差になるのではないかと思ったので提案させてもらいました。

あのメガネは僕の自前です。家にあったメガネが“いい冷たさだ”と思って(笑)そうやって自分なりに役を作っていきました。役者さん側、しいては撮影隊の人達皆が各々考えるという、そういう場所を伴明さんは作ってくれていた気がしています。それって凄い演出ですよね。

――演出の部分で、伴明監督から撮影中に何か言われましたか。

「てにをは」だけです。「佑君、今の語尾こうなっていたけど台本はこうだから」と。それだけです。台本通り、正確に台詞が出ればOKだった気がします。それにめちゃめちゃ早い、この映画は10日間で撮影されたんです。『火口のふたり』(公開:2019年)でさえ実質12日間の撮影でした。1日5~6シーンの撮影で16時17時に終わって、皆わりとゆったりと夜を過ごして朝8時に集合みたいな感じでした。

『痛くない死に方』の時は、初日17シーンあったんですけど、17時ぐらいで消化しちゃったんです。そしたら「場所が一緒だから明日の分も撮っちゃえ」ということで結局21シーン撮って(笑)次の日も18シーンぐらいあって、それも結局15時ぐらいに消化して「明日の分も撮っちゃえ」って22シーン撮影して、衝撃的だったので覚えているんです。3日目の撮影時になって助監督が「監督、もうちょっとペースを落として下さい。これでは10日要らなくなっちゃいます。この映画、一週間で終わっちゃいます」と言ったんです(笑)でも急いでいる感じも、せかされている感じもなく、普通に伴明さんが撮っていると早いだけなんです。

――きっと伴明監督がキャスティングの時点で、この人たちなら大丈夫だと確信していたのかもしれないですね。

それはあるかもしれないですね。「キャスティングの段階でもうこの映画は見えた」と仰っていました。監督さんはよく「キャスティングで監督の仕事はほとんど終わっている」と言うんですよね。僕は“そんなことはない”と思うんですけど(笑)

――新人の人には逆にプレッシャーになりますよね。

明確だったのは伴明さんの中で画が出来上がっているんです。なので迷うことがない、本当に身を任せていればいい。ただ1つ言えることは、伴明さんは台詞の「てにをは」が台本通りに出たらOKになる、つまり正確に出ちゃったらOKになってしまうということなんです。その緊張感はありました。しかもテストもない、必要な段取りをしたら「それじゃ、次本番」になってカメラマンさんが「ここテスト下さい」と言わない限りは「本番、本番」と撮影が止まらないんです。伴明さんは「普段はこんなことないから。普段はもっと時間があって段取りもテストちゃんとやるから」と仰っていましたが、そう言いながら「それじゃ、本番」と言っていました(笑)

――信じているんですね。

僕が思うにピンク映画出身の方ですし、あれらの作品は3~4日で60分~70分ぐらいの作品じゃないですか。今回はピンクに比べて全然、潤沢に時間もあるし「10日間で」と言われて伴明さんは火が付いたんだと思います。最初は「2週間欲しい」と伴明さんは仰ってたようなんです。

――柄本さんが役者をやっていて一番楽しみな時間はいつですか。

やっぱり台本をもらって自分なりに役を解釈して準備して来たものを初日に全スタッフの前で「こういう河田です!」と発表する瞬間かな。一番怖くて緊張する瞬間だけど楽しくて凄く上がります、それがあるからやっていける。皆で“さあ、いよいよ始まるよ。よ~いドン”で出るみたいな感じ。映画が出来始めて行くという、ある種の高揚感が魅力なのだと思います。出来上がった作品を観るのが一番辛いんですけど。自分の粗探しばかりしちゃって反省するから(笑)

――柄本さんの作品を観る度に思うのですが、声のトーンから違いますよね。それって当たり前のようで当たり前ではないと思うんです。誰かから学んだりしたのですか。

結果、そういう表現になるのですが、その表現は何千通り、いや無限にあるパターンの中からチョイスされたものなんです。それをチョイスする理由付けとしていい役者をいっぱい観ないといけないと思っています。そういったシーンがあった時は“これ、あの映画の時のあの人の感じ頂き”みたいな時もあります。でも、最終的には上手いとか下手とかじゃないところで探していけたらいいなと思っています。その人それぞれの方法論だと思いますが。

例えばイチロー選手が一試合一試合“今回はホームラン打てなかった。打率が悪かった”と一喜一憂するとは僕は思えないんです。それは大きな流れの中で受け止めて“仕方がない”と思う、そんな感じ。だけど一喜一憂してしまうのが人間だし、出来上がった作品を観て自分にがっかりはするし、粗探しばかりしちゃうけど、それに惑わされることなく、“次は頑張ろう、これよりもいいものにしよう、これよりも自分が観て満足する作品にしよう”とそこまで一喜一憂しないように考えています。

――柄本さんが凄いと思う役者さんは誰ですか。

いっぱいいます、(石橋)蓮司さんとか(岸部)一徳さん。その中で明確に僕が憧れている役者さんは小林桂樹さんです。シニカルな演技というんですかね、『社長シリーズ』に出てくるような、ああいうお芝居、全てがいいんです。それをやっている自分を見ているその目線が非常にシニカルなんです、ヘラヘラ笑いながら“なんでこんなことやっちゃったんだろう”という気持ちで自分のことを見ている感じがするんです。コミカルなことをやっている時でもそこに対して非常に低い温度で自分を見ている。それは三木のり平先生、森繁久彌さん、加東大介さんという東宝の役者さん達とやっているからというのもあると思うのですが、小林桂樹さんの出方、フォルム、声、分かりやすく憧れています。一番憧れている役者さんです。あの時代の役者さんは皆さん芝居が上手いです。

――柄本佑さんと言えばシネフィルとしても知られていますが、昨年(2020年)公開のベストムービーを教えて下さい。

洋画だったらクリント・イーストウッド監督の『リチャード・ジュエル』とチャウ・シンチー監督の『新喜劇王』。僕はチャウ・シンチー監督作品が好きで、あのケレン味が好き、それに音と画が見事にマッチしているんです。あの女の子の芝居がまたいいんです。DVDを買ってメイキングを見たんですが、本当に現場が楽しそうで、本当にいい監督と出会っていらっしゃるんだろうなと感じます。

それはイーストウッド監督にも言えることで『リチャード・ジュエル』は、ちょっとやばかったですね。2020年前半の作品ですが“これは今年一番の作品だ。それに殿堂入り”と思いました。何の情報も得ないで映画を観たのですが本当に驚きました。「まさか!この人が主役だった」と。冒頭のゴミを持って入って来るカットは主役じゃないですよね、モブキャラにしか見えない(笑)。あの地の足の着き方、主役じゃなさ、だけどドンドン成長していくんです。ハンバーガー食べながら泣いてた~、めちゃくちゃ笑いました。

邦画は阪本順治監督の『一度も撃ってません』と『劇場版 ひみつ×戦士 ファントミラージュ!~映画になってちょーだいします~』。三池崇史監督いいですね、三池監督最高です。僕の姉は(有)楽映舎の社員で毎回三池組に制作部として入っているんです。「ひみつ×戦士 ファントミラージュ!」(略称ファンミ)とか今やっている「ポリス×戦士 ラブパトリーナ!」(略称ラブパト)にも就いてやっています。

――三池監督とはお仕事されたことはありますか。

三池さんとはやってみたいんですけど、ご一緒したことはないんです。三池監督を本当にいいなと思うのは、東映などでのロケ時に大部屋の人達をモブ役とかではなく、ちゃんと出役で使うんです。これって監督の気質として凄く大きいと思うんです。いつもは後ろに居る人達に花を待たせて、ちゃんと台詞のある役でキャスティングする、そこが本当に優しいなと。それは有名性とかにくくられるのではなく、ちゃんと地に足が着いたところで“今回こんな役があるけど”と思った時に大部屋の人達が思い浮かぶ三池さんって本当に監督として質が高いと思います。

新旧、沢山の映画を観て、監督や役者のバックボーンまで思いを馳せ、立体的に物を見る力を兼ね備えた柄本佑さん。だからこそ無限の引き出しを持ち、物語の登場人物を血の通った人間に変える力を持っている気がするのです。『痛くない死に方』では、患者の感情を受け止め、人との関わりにおいて大切なことに気付かされ、成長する主人公の姿を堪能することも出来ます。高橋伴明監督の人間愛溢れる人生賛歌を是非、スクリーンで。

文・写真 / 伊藤さとり

作品情報
痛くない死に方』

在宅医療のスペシャリスト・長尾和宏のベストセラー「痛くない死に方」「痛い在宅医」を、高橋伴明監督が映画化した『痛くない死に方』では、『火口のふたり』「知らなくていいコト」など話題作に出演する柄本佑が主人公の在宅医師・河田仁を熱演。痛みを伴いながらも延命治療を続ける「入院」ではなく、“痛くない「在宅医」”を選択した患者が、自分の最終的な診断ミスにより、苦しみ続け生き絶えるしかなかったと悔恨の念に苛まれ、「カルテ」でなく「人間」を見る在宅医に成長する姿を描く。父親のために、痛みを伴いながらも延命治療を続ける入院ではなく“痛くない在宅医”を選択したのに、父親が苦しみ続けてそのまま死んでしまい、自分を責める智美役に坂井真紀。「カルテでなく人を見ろ」がモットーの、柄本演じる在宅医の先輩である長野浩平役に、奥田瑛二。奥田演じる長野と在宅医療を支える看護師・中井春菜役に余貴美子。そして、柄本が新たに担当することになる明るい末期の肺がん患者・本多彰役に宇崎竜童、その妻・しぐれ役に大谷直子と、実力派俳優が勢ぞろいした。

監督・脚本:高橋伴明 

作・医療監修:長尾和宏「痛い在宅医」「痛くない死に方」(ブックマン社)

出演:柄本佑 坂井真紀 余貴美子 大谷直子 宇崎竜童 奥田瑛二

・宣伝:渋谷プロダクション
©「痛くない死に方」製作委員会

サイト:http://itakunaishinikata.com/

伊藤 さとり

映画パーソナリティ
年間500本以上は映画を見る映画コメンテーター。 映画舞台挨拶や記者会見のMCもハリウッドメジャーから日本映画まで幅広く担当。 自身が企画の映画番組、俳優や監督を招いての対談番組を多数持つ。 映画コメンテーターとしてCX「めざまし8」、TBSテレビ「ひるおび」での レギュラー映画解説をはじめ、TVやラジオ、WEB番組で映画紹介枠に解説 で呼ばれることも多々。 雑誌やWEBで映画評論、パンフレット寄稿、映画賞審査員、 女性監督にスポットを当てる映画賞の立ち上げもおこなっている。 著書「2分で距離を知事メル魔法の話術」(ワニブックス)。 2022年12月16日には最新刊「映画のセリフでこころをチャージ 愛の告白100選」 (KADOKAWA)が発売 。
伊藤さとり公式HP: https://itosatori.net
◾️伊藤さとりが発起人の、審査員が全員女性の「女性記者映画賞」連携上映及びトークショーを開催
「HIBIYA CINEMA FESTIVAL 2024」
サイト:www.hibiya.tokyo-midtown.com