芥川賞作家・田辺聖子のベストセラーが今度はアニメーションとなって映画化された『ジョゼと虎と魚たち』。犬童一心監督による実写とはまた違う色合いで、二人が寄り添い、ぶつかり、心を解放していく物語は、アニメーションならではの自由な表現で海の中を泳ぐように綴られていきます。メインキャストの恒夫とジョゼには、ドラマ、映画、吹き替えと多岐に渡り才能を発揮する中川大志さんと、注目の若手実力派・清原果耶さんが声を担当。今回は中川大志さんに、エンターテイメントという仕事に対する今の思いを語っていただきました。
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――この作品にボイスキャストとして出演するにあたり、一番惹かれた点はどこですか。
毎回、声のお仕事を頂く時、「参加する」と決断するのは簡単な事ではないんです。やればやるほどその道のプロである声優さんへのリスペクトが本当に強くあるし、だからこそ簡単に「やります」とは言えなくて、覚悟が必要なんです。そんな中でもこれまでとは違う自分の声の演技をする。
これは後から聞いた話なのですが、監督は、自分が芝居をしている映像ではなく、何かのインタビューを受けている映像を見て“恒夫の声にいいんじゃないか”と思って決めて下さったそうです。自分の声、キャラクターを作り込んだ時の声ではない、ニュートラルな状態の声を聞いて決めて下さった。だからこそ、今までとはまた違うアプローチで、違った声でキャラクターを演じられるのかなと思って、それが惹かれた一つの要因です。
――恒夫は海洋生物学を専攻する大学生という、いわば等身大の役どころですが、俳優の時とは違う声の出し方になるのですか。
「自然体でナチュラルにやって欲しい」と言われたとしても、普段の映像と同じような声の発声でするかと言われたら違います。アニメーション(絵)なので、実写で人間が映っている映像より情報量が少ないんです。そこにチューニングをあわせたお芝居というか、声の演技があるのですが、そのあんばいが凄く難しい。アニメーションのキャラクターの作画であったり、世界観によっても変わってくるものなんです。監督から、僕と相手役のジョゼの声を担当した清原果耶さんが最初に言われたのは「俳優であるお二人にしか出来ない、作り込み過ぎない人間っぽさ、生っぽさを出せたらいいな」という話でした。
――アフレコはジョゼの声を担当した清原果耶さんとご一緒だったそうですが、今回はいかがでしたか?
彼女とお仕事をご一緒するのは3回目なんです。お互い俳優同士なので、声優という慣れないお仕事に対する不安だったり、分からない事だったりとか、そういう部分を共有出来たのは良かったです。声優の作品(吹き替え、アニメ)に参加させて頂く時、周りは皆さんプロの声優さんですから、自分一人だけアウェーな感じというか、自分一人だけ俳優が入るというのは結構心細いんです。でも今回は清原さんとご一緒でしたので、不安や大変さを共有しながら出来た分、心強かったですし、一緒に乗り越えていくことが出来ました。
――犬童一心監督の『ジョゼと虎と魚たち』(公開:2003年)を観ていたので、この映画を観た時、タムラコータロー監督が「田辺聖子さんの原作をもとに作った」と仰っていたのを思い出し、恒夫にはこんなにも深い葛藤があったんだと気付かされました。だからこそ、この作品は“二人の心の解放の映画なんだ”とより強く思いました。中川さんは10歳の頃から芸能界にいらっしゃいますが、恒夫のように夢を持ってやっていく中で挫けそうになったことはありますか。
そうですね。言い表し難いのですが、なくはないですね。凄く多感な不安定な時でもある小中高は、僕自身が学生だったので、仕事とプライベートのバランスをとるのが難しかったです。家族や同級生、学校の先生など周りの人達に支えてもらってやっていました。僕はあまり人に言わない溜め込むタイプなんです。
“辞めたい”と思ったことはないんですけど、湧き出て来るエネルギーみたいなものがないとエンターテイメントは出来ないし、ましてや人の前に出て演技をしないといけないので、そのエネルギーみたいなものが無くなってしまうのではないかという不安がありました。でもそれは自分の中の問題なので恒夫のようなどうしようもない挫折のようなものは、なかったのかもしれません。
――ジョゼ自身もそうですが、恒夫もジョゼと一緒にいることで、辛くとも夢を叶えようと思えていきます。中川さんにとって役者を続けていける、役者を頑張れる、そのモチベーションはなんですか。
仕事のモチベーションはやっぱりお客さんです。もちろん、仲間や友達は大切です。だけど彼らがいるから頑張れるというわけではないです。友人達とは仕事と切り離した時間を過ごしたいんです。
いつでもどんな時も現場は地道な作業じゃないですか。辛い時、地味な時、常にモチベーションになるのはお客さんの顔です。どんなに大変でも、どんなに辛くても、誰も観てくれないのではないかと思うくらい地味な作業をしていても、僕らの仕事は最終的にはお客さんに観てもらえること。それがなかったらやれないですし、ただの自己満足になってしまう。モチベーションはやっぱりお客さんの顔です。お客さんが居なければ意味がないんです。
『ソニック・ザ・ムービー』の生アフレコイベントの際も、何度もリハーサルをして挑んだ中川大志さん。「おはスタ」で共演した山寺宏一さんの仕事ぶりも見ているからこそ、声優へのリスペクトを体現する絶妙な声の演技による『ジョゼと虎と魚たち』では、ナチュラルなのに何故か中川大志さんであることを忘れてしまった。アニメーションでありながら息遣いや鼓動を感じるキャラクターたち。切ないだけではない、影響し合う恋愛の力を綴った奇跡のラブストーリーなのです。
文 ・写真 / 伊藤さとり
2003年に妻夫木聡、池脇千鶴主演で実写映画化され、高評価を得て話題を集め、さらに海外でも注目を集めた『ジョゼと虎と魚たち』が劇場アニメ化。監督は『おおかみこどもの雨と雪』助監督や、『ノラガミ』シリーズの監督を務めたタムラコータローがアニメ映画初監督を務めます。趣味の絵と本と想像の中で、自分の世界を生きるジョゼ。幼いころから車椅子の彼女は、ある日、危うく坂道で転げ落ちそうになったところを、大学生の恒夫に助けられる。海洋生物学を専攻する恒夫は、メキシコにしか生息しない幻の魚の群れをいつかその目で見るという夢を追いかけながら、バイトに明け暮れる勤労学生。そんな恒夫にジョゼとふたりで暮らす祖母・チヅは、あるバイトを持ち掛ける。それはジョゼの注文を聞いて、彼女の相手をすること。しかしひねくれていて口が悪いジョゼは恒夫に辛辣に当たり、恒夫もジョゼに我慢することなく真っすぐにぶつかっていく。その触れ合いの中で、ジョゼは意を決して夢見ていた外の世界へ恒夫と共に飛び出すことを決めるが……。
監督:タムラコータロー
脚本:桑村さや香
原作:田辺聖子「ジョゼと虎と魚たち」(角川文庫刊)
出演:中川大志、清原果耶 ほか
配給:松竹 / KADOKAWA
©2020 Seiko Tanabe/ KADOKAWA/ Josee Project
公開中
公式サイト:https://joseetora.jp/