ウィットにとんだ脚本力と愛ある演出力で、観客はもちろん、俳優達からも愛される沖田修一監督。商業映画デビュー作『南極料理人』(公開:2009年)では新藤兼人賞・金賞を始め、多くの監督賞を受賞。その後もユーモア溢れる人生賛歌を描き続けた沖田監督が、『モリのいる場所』の次に手掛けたのは、75歳のおばあさんの一人暮らしなのに一人じゃない壮大な回想録と進化の物語。15年ぶりの主演となった田中裕子さんとの現場や豪華キャストたちとの映画作りについてじっくりと伺います。
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――遊び心が詰まっていて終始、クスクスしていたのですが、沖田監督は若竹千佐子さんの同名原作の何処に惹かれて、映画化しようと思われたのですか。
そもそもこの原作は母親が読んでいた本で映画化のお話を頂いた時は、不思議な縁を感じました(笑)。実際に原作を読んだら我が家の家庭環境とそっくりで、結構似ているところもあったんですよ。それが面白かったんです。なので自分なりにやってみようかなと思って、頑張って脚本に起こしました。
――脚本を書かれながら映画化する上で、膨らまそうと思った部分はどこですか。
原作は桃子さんの心の声、心の葛藤がずーっと続く一人語りなので、映画では“寂しさ”とか桃子さんの気持ち(心の声)をそのまま人が演じるというアイディアで映画化しました。そのキャスティングも面白かったです。
――凄いですよね。物語が始まってしばらくして、濱田岳さん、青木崇高さん、宮藤官九郎さんが、田中裕子さん演じる桃子さんと同じ様な服装で、座ってべちゃくちゃ喋ったり、踊ったり、演奏し始めたりと“なんじゃこりゃ”と笑ってしまいました(笑)
無茶苦茶ですよね(笑)、心の声が湧き上がって来て一緒に踊る、最初から訳が分からないですよね。
――映画では田中裕子さん演じる桃子さんの心の声を描くということになりますが、濱田さん達演じる“寂しさ”とは別に、本音の部分の心の声を、若かりし頃の桃子さんを演じている蒼井優さんが担当されています。
75歳になって若い頃の方言が蘇って来るという発想だったので、その方言を使っていた頃の声にした方がいいと思ったんです。だから故郷に居る頃の桃子さんを演じた蒼井優さんの声を起用しました。
普通のモノローグだったら、多分、田中裕子さんが担当されると思うのですが、自分が「嫌いだ」と言っていた故郷の言葉(方言)で返ってくるという設定なので、嫌いだった頃の声でと思いついたんです(笑)。出演シーンじゃないのに黒い服を着て現場に来てくれて、目立たないように隅っこに立って声を出してくれたんです。だから濱田さんや青木さん、宮藤さんは、蒼井さんのリアルな声を聞きながら演じられて、とてもやりやすそうでした。
――だからあんなに心の声と呼吸のあった芝居だったんですね。映画を観ているうちに“田中裕子さんはどんな気持ちで演じられていたんだろう”と思っていました。濱田岳さん、青木崇高さん、宮藤官九郎さん演じる“寂しさ”のわちゃわちゃした心の声を感じながら演じるのは難しかったと思います。
ルールを決めるのが大変でした。役柄が“気持ち”なので、まず「目をあわせていいのか?」「触っていいのか?」など、演じている3人も演じるうえでのルールが必要になるので、皆で話し合いをしました。「車は気にするの?シートベルトはするの?」とか本当に細かいところまで気を使って考えました(笑)