――例えば監督と意見が違った時はどうするの。
役においては、「自分はこうしたい! 」「こうでないといけない」というのはあまり思っていません。「こういう考えもあるのかも?」と結構受け入れるようにしています。役者として演じることについては、我がままではない気がします。あまり自分を通すことを必死になっていないというか、柔軟でありたいと思うので、監督と意見が違っていてもそこで「私はこう思うので、こうしたいです」みたいなことは、あまり言わないタイプです。不思議ですよね。監督が描きたいキャラクター (人間) が、どういう人なのかを知りたいという思いの方が強いというか。よっぽど「これは流石に‥‥」と思う時は、そこはちゃんと話し合いますが。

――物語の一部であるキャラクターを最大限に活かせる方法を考えているんですね。
そうかもしれません、役は自分ではないから。もちろん、自分に落とし込むことも大切です。自分に落とし込んで私から発せるものなので、必ず私自身が出てしまいます。だから自分にしかできない演技が生まれるんです。そう考えるとキャスティングされたら絶対に自信を持ちたいところではあります。だから自分に正直でいたいと思うし、そうじゃないとお芝居にも出てしまうので。嘘の世界だけど、お芝居に嘘はつきたくないと思うから、自分の中に落ちるものをちゃんと見つけようとして、違和感が生まれた時は監督と話をします。
――だから一度、仕事をした監督にまた呼ばれるんだ。役者として役との距離感も本当に素敵。
映画『ジェイ・ケリー』(2025)のジョージ・クルーニーが演じたスターのようになれるかな(笑)。大きく出過ぎましたね (笑)。
――自家用ジェットにピアノ乗せられるくらいの俳優 (笑)、ハリウッドでも多分トム・クルーズしか今は居ないから (笑)。
普段から親しい友人の菜葉菜さん。一応、敬語で書いておりますが、後半から通常の会話になっていくのも雰囲気がわかるかと思い、そのままにしたのでした。映画『ジェイ・ケリー』は、私が映画館で洋画を応援しようというトーク企画に出てもらった際に、一緒に映画館で観てトークショーを行なった作品。茶目っ気ある彼女が、女性の人権について真剣に語り、浜野監督の人生と【金子文子】の人生を背負うような思いで演じた本作。【金子文子】という人間の思想や行動を全面に押し出した脚本を、野生的な一面と強い信念が垣間見られる自由な演技アプローチで表現しています。女性ももっと自由に社会について発言していい。その方が輝いて見えるのだから。そんな想いのバトンを受け取る作品でした。

1923年9月、朝鮮人の虚無主義者/民族主義者の朴烈と共に検束され、1926年3月、大逆罪で死刑判決を受けた金子文子。恩赦で無期に減刑され、栃木女子刑務所に送られたが、7月23日、独房で自死した。没年23歳。金子文子は、なぜ死んだのか?大審院の死刑判決の後、栃木女子刑務所で自死するまで何があったのか。本作は、残された生の声を伝える短歌をもとに、これまで空白であった死刑判決から自死に至る121日間の、文子のたったひとりの闘いを描く。
監督:浜野佐知
出演:菜葉菜、小林且弥、三浦誠己、洞口依子、白川和子、吉行和子
配給:旦々舎
© 旦々舎
2月28日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開
公式サイト KanekoFumiko-movie.com
