――その湧き出て来たものとは、どうやって。
脚本では「文子は両手を挙げ笑い声で叫ぶ」と書いてあったのを“最初俯いて泣いているのか笑っているのか分からない状態から、顔をあげて高笑いする”というお芝居にしたんです。脚本の山﨑さんが「こういう大きな芝居を想定していなかったので、撮影現場で菜葉菜さんの芝居を見ながら感銘を受けました」と仰ってくださったんです。
――菜葉菜さんは自分のことを「憑依型とは思わない」と仰っていますが、憑依しているんですね。牢屋で羽交い絞めにされて、蹴りを入れるところも脚本に書かれていないんじゃ。
私ですね (笑)。あのシーンも本当に自由にやらせてもらいました。あれは俳優同士の信頼関係があってこそできたことで、受け止めてくれた先輩、共演者の方々が居てくれたからこそ生まれたシーンです。本当に完全に自由にやらせてもらいました。

――だから彼女【金子文子】が凄く生き生きとしていたのですね。感情をすべて出している。劇中、書き上げた短歌を【金子文子】の心の声としてナレーションで綴られていますが、それだけだと彼女の意志の強さはわかるけれど、人間味が足りないと思ってしまう。だから、リアクションで一筋縄ではいかないし、ユーモアを交えて反逆する人物なのだと理解できた。牢獄の中でもこんなにも生き生きとしている女性は見ていて窮屈ではなかったです。
嬉しいです。
――好きな台詞はありますか。
「人間は人間であるというただ一つの資格によって、人間としての生活の権利を平等に享受すべきであると信じています」という言葉がすべてを語っている気がしています。多分、【金子文子】は、ずっと平等を求めて、人間であることも認められず生まれて生きてきたからの言葉ですよね。そして生きていく中で本当に基本的なことだと思います。誰もが本当はそうあるべきなのに、いまだにそうではない今の社会を思うと悲しいというか。ちゃんとここに戻って、このことについて、“皆、ちゃんと考えようよ”と言っている気がしています。当たり前のことなんだけど、そこが一番大事だということが今の時代にも繋がることなので、凄く好きで大事な言葉だと思っています。
――本当ですよね。人間同士尊敬し合おう、人の関係に上下を付けない、差別しないって大事なのに。菜葉菜さんは俳優として20年以上活動し、さらに一皮も二皮も剥けているわけですが、自分の中で今後、大事にしていきたいことはありますか。
今回【金子文子】を演じて改めて、自分が自分であるということを堂々と貫きたいと思いました。でもそれって責任も凄く負うことですよね。自分のわがままで生きていくことではありません。努力も必要ですし、自分が思うことを言葉にして行動に移すことには、責任が生じます。きっと彼女【金子文子】はずっと努力をしてきたと思うんです。だから自分も「自分は自分だ」と言うんだったら、ちゃんと言えるぐらいの努力と責任を持って、行動をしていきたいと思います。そして、そこを怖がらずに生きていきたいと思いました。役者として、ブレずに。でも、それってメッチャ大変ですよね。だって、そう思っていても、どこかで自分に負けてしまったり、言葉をのみ込んでしまったりするし、時にはのみ込むことが大事な時もありますが、言わなければいけない時は言う勇気が必要だなって。自分というものをブレずに表現するというか、貫くことを意識していきたいと思っています。
