劇中の使用曲、着想を得たビートルズの逸話
とはいえ、ボイルもカーティスも大の音楽ファン。とくにカーティスは豊富な知識を持つロックンロール・フリークだ。ビートルズが題材となれば、いろいろ盛り込みたいことも出てくる。必然的に、ビートルズを知っているほど楽しめる描写も多くなるワケで、ここではそんなエッセンスについて、ざっくり解説していこう。
まずは劇中で使用される曲について。タイトルにもなった『イエスタデイ』は、ポール・マッカートニーが自身の最高傑作と認める名曲中の名曲。もっとも多くのアーティストにカバーされた曲としてギネスブックにも載っている。それほどの超有名曲を、主人公ジャックはエリーや友人たちの前で歌うのだが、誰もその曲を知らない。ここで初めて、ジャックは「ここはビートルズの存在しない世界なのか?」と疑問を抱くことになる。
その後、ビートルズの曲を歌うことで、成功への階段を上り始めるジャックだが、歌詞が思い出せない曲も出てくる。例えば、これもマッカートニーがリードボーカルをとる『エリナー・リグビー』。必死に思い出そうとするが、どうしても正確には思い出せない。検索しようにも、ビートルズが存在しない世界なのだから無理。レコードも消えたので歌詞カードにも頼れない。再現するには自身の記憶に頼るしかないのだ。ビートルズが現役時代に公式に残した楽曲は213曲ある。その歌詞を一字一句、間違えずに記憶しているファンは、いったいどれほどいるだろうか?
エド・シーランとのやりとりでも、おもしろい使われ方をしている曲がある。シーランは、ジャックを前座に迎えたライブが終わった後に、即興による作曲対決を申し出る。数分で、どちらがすごい曲を作るか競うという勝負。シーランはその場で自信作をギターで演奏するが、ピアノに向かったジャックにはかなわなかった。それは、やはり一聴して名曲と分かるマッカートニー作の『ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード』だったのだから。
ここまで稀代のメロディメーカー、マッカートニーの3曲を挙げたが、ほかにもレノンの『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』やレノンがメインで歌う『ヘルプ!』、ハリスン作の『ヒア・カムズ・ザ・サン』などが印象的に使われている。とりわけ、レノンの『愛こそはすべて』は映画のテーマにも直結するナンバーだ。
楽曲だけでなく、ビートルズの逸話を反映したエピソードも本作にはある。例えば、セルフィーとジャックの後頭部をクローズアップしたデビューアルバムのジャケットデザインは、ビートルズがブレイクしたころのマッカートニーのセルフポートレートや、映画『ビートルズがやって来る/ヤァ!ヤァ!ヤァ!』(64年)のクレジットでのレノンを参考にした。また、ジャックがアルバムリリースコンサートを故郷のホテルの屋上で行なうのは、ビートルズが最後に人前で行なった、アップルビルの屋上での生演奏をヒントにしている。