Mar 07, 2025 column

『ウィキッド ふたりの魔女』 シンシア・エリヴォとアリアナ・グランデによる魔女への道、飛翔せよと魔女は言った

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魔女への道、魔女の身だしなみ

アリアナ・グランデにとってグリンダ役は子供の頃からの夢だった。ビリー・アイリッシュとの対談で、グリンダの歌声は普段ポップミュージックを歌うときの声とは違う筋肉を使うため、長い訓練が必要だったことを述べている。アリアナ・グランデは9歳のときに児童劇団でドロシー役として「オズの魔法使」の舞台に立ったときから、グリンダというキャラクターに惹かれていたという。「ウィキッド」の舞台を観劇したのは10歳のころ。グリンダ役のクリスティン・チェノウェスに舞台裏で会って、小さな魔法の杖とキラキラのシャワージェルをもらったことで、“魔法”をかけられたという。アリアナ・グランデは、このとき魔女の“身だしなみ”を知ったのかもしれない。少女時代の彼女にとって、それはどれほど魅力的なことだっただろう。大人になったいま、自分が子供たちに魔法をかける側に回る。グリンダを演じることは、少女時代の憧れを生き直すことになる。演劇少女だった子供の頃の感覚を取り戻す。演技をするのがとても恋しかったという。アリアナ・グランデはグリンダが素敵なのは、「誠実なところ」と語っている。

“魔女の身だしなみ”。シンシア・エリヴォはエルファバの帽子に魔女のスピリットを託す。エルファバが帽子を手放さなかった理由。シンシア・エリヴォは、エルファバにとって帽子が不当な扱いに立ち向かうための大きな力になっていたと解釈している。抵抗の象徴としての魔女の帽子。だからこそグリンダとエルファバがルームメイトとして暮らすことを余儀なくされ、2人の距離が近くなったとき、衣装や身だしなみの話になるのは面白い。本作のハイライトの一つといえる「ポピュラー」を歌う名シーン。グリンダとエルファバがよき友人であり仲の良い姉妹のようになっていく様がとにかく楽しい。ドレッサーの鏡の前でグリンダとエルファバは顔を寄せ合う。『ウィキッド ふたりの魔女』には、グリンダとエルファバのラブストーリーのようなところがある。魔女同士による定義されていない愛といった方がふさわしいだろうか。

そして「オズダスト・ボールルーム」における、学生たちによるダンスフロアの熱狂とエルファバによる孤独でサイレントな抵抗のダンス。本作において足音や衣装の擦れる音、体の動きによる音は、煌びやかな楽曲と同じかそれ以上に耳に残る。このシーンは楽曲を排除してエルファバの儀式のような踊り、体の動きだけを“音楽”として響かせている。サイレント・ダンス。初めて見るエルファバのダンスは生徒たちの嘲笑を誘い、やがて嘲笑は恐怖に変わっていく。エルファバのサイレント・ダンスを見たグリンダは、彼女に近寄り、無言で共に踊りはじめる。魔女の魂が深く、心臓に届くまで共有されていくようなダンス。このときグリンダとエルファバはボディランゲージで2人にしか分からない“会話”をしている。グリンダとエルファバのダンスが作りだす親密な空間は、第三者が近寄ることを許さない。この映画でもっとも厳粛で研ぎ澄まされた瞬間といえる。もしこのサイレント・ダンスに言葉があるとするならば、それは「あなたの鏡になりたい」という言葉だろう。グリンダとエルファバの鏡像関係は強固なものとなる。