アリアナ・グランデとシンシア・エリヴォ
『ウィキッド ふたりの魔女』に描かれるグリンダとエルファバの学生時代には、魔法学校を舞台にしたアメリカ学園コメディ映画のような楽しさがある。美しいブロンドの髪で明るく尊大な性格のグリンダは、学園の高嶺の花、いわばプロムクイーンのような存在であり、疎外され、内気に育たざるを得なかったエルファバとは完全に対照的なキャラクターだ。エルファバは緑色の肌として生まれたときから父親に落胆されている。新生児のときから物体を浮遊させる特殊能力を持っていたエルファバは、魔法をコントロールすることができない。エルファバの魔法は“暴発”、または“事故”のように描かれている。
しかしシズ大学に入ったエルファバは、魔法学の権威であるマダム・モリブル(ミシェル・ヨー)に、その能力を高く評価される。グリンダは魔法が使えない。先生のお気に入りになれない。グリンダはエルファバに劣等感を抱く。つまりこれまでの人生における優位性を急激に失っていく。表面上の華やかさに変わりはないが、グリンダは明らかに不満を募らせていく。グリンダとエルファバの立場が入れ替わる。アリアナ・グランデとシンシア・エリヴォは対照的な演技アプローチで、グリンダとエルファバというキャラクターがコインの裏表の関係にあることを表現している。アリアナ・グランデは生まれつきのコメディエンヌ、もっといえばこの役を演じるために生まれてきた最高のコメディエンヌのように、クルクルと表情を変えながら歌い踊る。シンシア・エリヴォは落ち着き払った威厳のようなエネルギーをエルファバというキャラクターに宿らせている。そしてエルファバの瞳には抵抗の意思が宿っている。

アリアナ・グランデのあらゆる動きが美しい。小さな子供が憧れるお姫様のようなカリスマ性がある。この映画の観客はグリンダ=アリアナ・グランデのしなやかで予測不能な動きからまったく目が離せなくなるはずだ。歌唱力や身体能力の高さだけでなく、瞳の動き、まばたきするときのつけまつ毛をパチパチとさせる動き、呼吸、所作のすべてがダンスになっている。華やかなポップスターとして生きてきた経験や圧倒的なオーラだけでない。アリアナ・グランデは、自身に向けられたカメラを最高のダンスパートナーとして扱うことに成功している。ここには動きの魔法がある。グリンダは魔法を使えない。だからこそグリンダは動きによって魔法を使えるかのように振舞っているだろう。ピンクの美しい衣装も含め、グリンダの動きは自信のなさの裏返しなのかもしれない。グリンダの動きは舞踏的であり、とても音楽的だ。ブロンドの長い髪を大げさになびかせるアクションが素晴らしい。通常の会話の中にワンフレーズだけ歌うように言葉を織り交ぜていくタイミングが素晴らしい(スウィート♪と歌うときの美しい響き!) 。なによりグリンダはまったく憎めないキャラクターだ。愚かなブロンド美人というありがちなキャラクターでもない。グリンダのアクションが目立てば目立つほど、抑圧されたエルファバのキャラクターが際立っていく。2人はお互いを補完し合っている。グリンダとエルファバでこの物語の魔女のイメージを作り上げていくような感動がある。お互いにインスピレーションを与えあうようなプロセスがある。魔女への道がある。アリアナ・グランデとシンシア・エリヴォのアプローチは圧倒的に正しい。
