業界のプロフェッショナルに、様々な視点でエンターテインメント分野の話を語っていただく本企画。日本のゲーム・エンターテインメント黎明期から活躍し現在も最前線で業務に携わる、エンタメ・ストラテジストの内海州史が、ゲーム業界を中心とする、デジタル・エンターテインメント業界の歴史や業界最新トレンドの話を語ります。
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幸運なことに、私は米国のペンシルバニア大学のMBAを取得する機会がありました。今から30年前の1991年に卒業しています。このMBAのコースは、ウォートン校と呼ばれ、米国では特にファイナンスで定評のあるトップスクールです。
当時の日本は、今の中国の様に国として勢いがある頃で、ソニーがCBSレコードやコロンビアピクチャ―ズを買収したり、三菱地所がロックフェラーセンターを買ったりしていた時期でもありました。一方、米国は景気が悪く、日本はもう米国から学ぶものはないといった、ある意味傲慢な風潮も漂っている時期でもあったのです。
今から考えると、当時日本がバブルの勢いを背景にちょっと尊大になっていた時代でもあり、その勢いを背景にちょっとした運と努力もあって、私は留学の機会に恵まれたと思います。ビジネススクールとエンターテインメントビジネスは、ある意味接点があまりないように見えますが、私は大いにその恩恵を受けたと最近はつくづく感じており、MBAでの経験や発見をシェアしたいと思います。
海外生活の経験がない中、異文化に接するという意味でも海外のビジネススクール経験の価値は大いにあったのですが、そこでの学びも私にとって非常に大きなものでした。実は大学時代、マイケル・ポーターの“競争の戦略”的な本やケーススタディは経験していたので、経営戦略の授業やいくつかのケーススタディを中心とした授業では、量で苦労しつつも質的には驚きはしませんでした。ところが、退屈だと思っていたファイナンスと今まで聞いたことがない起業家経営マネジメントには大きな衝撃を受けました。
私は経済学部を卒業し会計の授業にも出ていましたし、ソニーで経営企画管理部門に在籍してから留学していたのですが、それまでMBAのファイナンスで受けた授業の理論や考え方には接したことがありませんでした。ファイナンスの最初の授業で、「企業の目的は何なのか」という問いに、“顧客の満足” “ブランド価値の向上”または“高い収益と高い自己資本比率”などと、色々頭を悩ませました。しかし、ファイナンス的に答えは一つ「株主価値の最大化」というのです。
それまではファイナンシャルなイメージとしては、P/LやB/Sやそれらにまつわる経営指標で事業を見ていましたが、そんなものは関係なく、とにかく“株主”と“価値=Value”といった考えが刷り込まれます。私はMBAが新資本主義の修道院みたいだと思うのはここに由来しています。だって資本家の利益の最大化を教育しサイエンスしているし、資本家が神(しかも唯一の神)といっているような人材を育てるのだからそのように考えてもいいと思いませんか?
ウォートンではジャンクボンド(高利回り債)の帝王と呼ばれたマイケル・ミルケン(注:潰れかけた企業を買い、ジャンクボンドを利用し企業を再建して大金を稼ぐ手法を駆使していた。当時では珍しいやり方だったが、彼の年収は600億円をこえて、映画『Wall Street』のモデルにもなっている。「Greed is good.」 の名スピーチは有名)が卒業生ですが、世間からはやや冷たい目で見られていたものの生徒からの高い支持やあこがれがあったように思います。
ファイナンス的には彼は悪いことをしていないし、イノベーションをもたらした人材ととらえられているのです。ある意味、投資家、資本家の価値を最大限に考えるファイナンスという概念に、哲学的にも衝撃を受けたのです。ちなみに、最近ではドナルド・トランプ氏が卒業生としては有名ですが、彼がどうとらえられているのかはわかりません。
新しい理論としても、ウォートンのファイナンスは日本よりはるかに進んでいました。当時の日本では馴染みのない資産の証券化の考えを、すでに深くカバーしていたことや、Venture Capital(VC)、Private Equity (PE) Fund, Hedge Fundの実践の紹介に金融系の友人達は目を輝かせていました。私はこのような新しいファイナンスの概念に触れた程度でしたが、後のキャリアにおいて、ここで紹介されたVCの人から資金調達を行ったり、PE Fund の人たちとは、彼らの管理する会社の再生を私が行ったりと、深く仕事で関わることになるのですから、共通言語を持ったという意味では、随分助かりました。同じ言葉、概念、哲学を共有できるということは実は重要なスキルなのです。
Entrepreneurial Management (起・企業家経営)という概念には、ビジネススクールで初めて接しました。当時は日本にはナスダックやマザーズのような市場が存在しなかったために上場のハードルが非常に高く、ベンチャーキャピタルもほぼ存在していませんでした。また、そんな中で日本では起業し挑戦していく人材が少なく、彼らを表現する言葉がなかったのです。
今では、このアントレプレナーシップという言葉は,企業家マインドと訳すことが多いですが、私はピンときません。起業家と訳す方がより近い言葉であると思います。いずれにしても学校の授業では、すでにいくつかの会社を起業し、Exitも経験している教師が授業を行い、有名、無名な起業家のゲスト達を招く講義は、後々行った私の起業にも大きな影響を与えたと思います。しかも、今は自分の一部の仕事としてVCも担当していることを考えると、いかに時代を先取りしていたのかとてもつくづく思います。
また、クラスメートにも様々な刺激を受けました。元プロテニスプレイヤーなど様々な職業のバックグラウンドを持つ人や、インド人をはじめとしたアジア各国、欧州、南米の世界中からの秀才たちとの交流も刺激的でした。私が何時間もかけて書くレポートを30分程度でさらっと書き上げる、しかも要点をついている元コンサルティングの人材などすごいと思わせる人材はとても多く、日本が米国から学ぶものはないなどとは言えないことがよくわかりました。当然、選民意識が強い人達や、ずるい人達も結構いたようですが、ある意味、努力家で真面目でハングリーな人が多かったのも実は意外でした。そんな環境もあり、初めて強制ではなく自ら学びたいと思ったのも大きな収穫でした。
ウォートンを卒業してからソニーの経営企画部門に戻ると、ソニーが音楽と映画の海外企業を買収した事や、それらの買収会計も絡んでいたという理由もあり、ビジネススクールに行っていたのだからわかるだろうとエンターテインメントビジネス関連の管理の仕事が回ってきます。そしてその後、プレイステーションビジネスのビジネスプランのまとめに駆り出されていくという形でゲームビジネスにのめりこんでいくことになります。
ビジネススクールの経験からいろんな機会が生まれ、そこで学んだり刺激を受けたEntrepreneurship をもって、プレイステーションの立ち上げ、ドリームキャストの立ち上げ、キューエンタテインメントの起業などを体験していきます。
皆さんがどのような状況にあるかは様々なので一概には言えませんが、海外での教育について、受けられる機会と興味があるのであれば是非挑戦してほしいと思います。
Entertainment Business Strategist
エンタメ・ストラテジスト
内海州史