Jan 16, 2025 column

『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』気弱な青年がモンスターになるまで

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現代の『バリー・リンドン』

『バリー・リンドン』は、18世紀のヨーロッパを舞台に、平民の若者レドモンド・バリーが貴族へと成り上がっていく歴史ロマン。『2001年宇宙の旅』や『時計じかけのオレンジ』といった作品に比べると語られることは少ないかもしれないが、文句なしに鬼才キューブリックによる傑作である。

「レドモンド・バリーの出世と没落は非常に印象的で、それは彼が明確な野心を持っていないということを表している。彼はただ上昇したいだけ。彼はクライマーなんだ。私は若いドナルドにもそう感じたんだよ」

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「明確な野心を持っていない」というアリ・アッバシの指摘は、非常に興味深い。確かに彼は実業家として成し遂げたい夢やビジョンがあるのではなく、ただ目の前にあることを成功させ、トランプ帝国が強大になっていくことに邁進している。続けてアリ・アッバシはこう語っている。

「私が『バリー・リンドン』で気に入っているのは、彼の幼少期を振り返って、父親はタフで母親は美しかったということを語るのではなく、システムについて描いていることだ。彼はピンボール・マシンのボールのようなもので、当時のヨーロッパの軍国主義的な政治体制の中を跳ね回る。それは『アプレンティス』にも非常に当てはまる。ドナルドとロイ・コーンを追うことで、自分の利益のために政治的・法的なシステムをいかにして操ることができるかを、感じ取ることができる」

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かつてアリ・アッバシの祖国イランは、パフラヴィー2世によって近代化・西洋化が推し進められた親米国家だった。だが1979年にイラン革命が勃発すると、反米を掲げる新政府が樹立し、両国は対立するようになる。一夜にして最大の友アメリカは不倶戴天の敵となったのだ。イラン人としてのアリ・アッバシの関心は、ドナルド・トランプという人物そのものではなく、彼を輩出したアメリカという国であり、最強国家を駆動させる資本主義システムにあったのではないだろうか。

アリ・アッバシが2022年に発表した作品『聖地には蜘蛛が巣を張る』は、“スパイダー・キラー”と呼ばれる娼婦連続殺人犯サイードが、聖地マシュハドを浄化する英雄として祭り上げられていくプロセスを生々しく描いたドラマだった。なぜ彼のようなシリアル・キラーが誕生したのかを、精神分析的アプローチで追うのではなく、サイードを崇め奉る一部の熱狂的支持者の姿を通して、イスラム社会における女性蔑視・男性支配を鋭く暴いたのである。

そう考えると、『聖地には蜘蛛が巣を張る』も『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』も、個人ではなく社会のシステムに焦点を当てた作品であることがよく分かる。ドナルド・トランプという最狂の大統領を生んだアメリカ、スパイダー・キラーという差別主義殺人鬼を生んだイラン。アリ・アッバシが『バリー・リンドン』を「システムについて描いた映画」と喝破したように、彼のフィルモグラフィーも同じような視点で作られているのだ(2018年に発表した『ボーダー 二つの世界』、最終エピソードを担当したドラマ『THE LAST OF US』も同様)。

気弱な青年がモンスターになるまでを描いた、『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』。その視線の先には、社会の歪み、システムの歪みがある。間違いなくアリ・アッバシは、現代最高の社会派映画監督のひとりだ。

文 / 竹島ルイ

作品情報
映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』

20代のドナルド・トランプは危機に瀕していた。不動産業を営む父の会社が政府に訴えられ、破産寸前まで追い込まれていたのだ。そんな中、トランプは政財界の実力者が集まる高級クラブで、悪名高き辣腕弁護士ロイ・コーンと出会う。大統領をはじめとする大物顧客を抱え、勝つためには人の道に外れた手段を平気で選び法さえ無視する冷酷な男だ。そんなコーンがまだ駆け出しでナイーブな“お坊ちゃん”だったトランプを気に入り「勝つための3つのルール」を伝授し服装から生き方まで洗練された人物へと仕立てていく。

監督:アリ・アッバシ 

出演:セバスチャン・スタン、ジェレミー・ストロング 、マリア・バカローヴァ、マーティン・ドノヴァン

配給:キノフィルムズ

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2025年1月17日(金)より全国ロードショー

公式サイト trump-movie