映画の誕生を見届ける職人集団 " 東京現像所 / Togen "02:アナログからデジタルへ ー黒澤映画編 (前編) 4Kデジタルリマスター作品解説

東京現像所は、フィルム時代から今日に至るまで、映像業界の発展に寄与してきた幅広い映像作品の総合ポストプロダクション。劇場用映画・TVアニメからネット配信コンテンツなど、撮影データから初号完成に向けたDIを始めとする、長年の経験値を織り交ぜたポスプロ作業やヒューマン・ソリューションを提供。新作のポスプロの他にも、名作映画・ドラマなどの貴重なフィルムやテープ素材をデジタルデータに置き換え、必要に応じて高品質のデジタルリマスタリングを行う「映像修復 (アーカイブ) 事業」にも力を注いでいる。(東京現像所沿革

2023年11月末 (予定) に、惜しまれつつも全事業を終了する。事業終了した後、DI事業、映像編集事業、アーカイブ事業は、東宝グループに承継され、現在携わっているメンバーは、大半が東宝スタジオに移籍する予定。

カラー映画の需要が高まりつつあった1955年、既存の東洋現像所(現IMAGICA)に競合する大規模な現像所として設立され、それから68年にわたって、映画・アニメ・TVを中心として映像の総合ポストプロダクションとして数々の名作を送り出してきた。

今回は、“黒澤明 監督” 4Kデジタルリマスター作品解説として、東京現像所で4Kリマスタリングが行われた『七人の侍』『野良犬』『天国と地獄』の各作品について解説。

黒澤映画編 (後編) では、実際に作業を行った東京現像所スタッフへのインタビューを掲載

東京現像所特集 第1回 はこちら

『七人の侍』とデジタル修復

映画の撮影が、フィルムからデジタルへと変わっていったように、「映画修復」もデジタル技術が導入されたことで、革命的な変化がもたらされた。

細かなフィルム傷は、ソフトが自動で消去し、没入感を削ぐような大きな傷も、前後のコマを利用して傷部分のみ消すことができるようになった。さらに、ぼんやりとして判然としなかったものが細部まで見えるようになり、聞きづらかった音が明瞭に耳へ届くようになった。

結構ずくめに思えるが、こうした技術の進歩は、時として〈神の領域〉にまで踏み込んでしまうことがある。

撮影当時にできなかったことが、デジタルで修正が可能になるということは、オリジナルを超えてしまうことにもなりかねない。

たとえば、特撮場面で見られるスタジオに吊るされたピアノ線は、デジタルで消すべきなのか否か。撮影時に、ピアノ線に空と同じ色を塗ったり、天地を逆転して撮影することで、吊り下げられた糸に観客の目が行かないようにするなど、先人たちが行ってきた悪戦苦闘も、デジタルでは瞬時に消すことができてしまう。

円谷英二が生きていれば、消せと言ったに違いないという人もいるが、死者の声を憶測で決めることはできない。


どこまでを修復して、どこから先はそのまま残すのか――。統一基準が定められているわけではないため、どのような方針で修復を行うかによって結果は大きく異なってくる。

東京現像所の修復方針は明快だ。それは、〈初公開時の状態にもどす〉ことである。

先ごろUltraHD Blu-ray (以下UHD Blu-ray ) で発売された『七人の侍 4Kリマスター』で言えば、1954年4月の初公開時にもどすことが基本方針に掲げられた。

冒頭の東宝マークも、長らくソフトや名画座で我々が観てきたのは、最初のリバイバル上映時に当時の東宝マークに差し替えられたものだった。今回の4Kリマスターで初めて公開時の東宝マークに戻されることになった。

『七人の侍』のオリジナルネガは、現存が確認できていない。当時のフィルムは可燃性のナイトレートフィルムが使用されていたこともあり、不燃性のマスターポジを作成した際に廃棄された可能性もあるようだ。

可燃性フィルムは、劣化が進むと自然発火する危険があったことや、アーカイブに関する意識が低かった当時の時代背景も考慮に入れる必要があるだろうが、オリジナルネガが存在しないことは残念と言わざるをえない。

しかし、現存する『七人の侍』のあらゆるフィルムを取り寄せ、比較していくところから始まった修復作業によって復元された『七人の侍 4Kリマスター』は、オリジナルネガの消失を補ってあまりある成果をもたらしている。

そう言えるのも、『七人の侍 4Kリマスター』UHD Blu-rayの特典に、ナイトレートフィルムによるオリジナルネガを一部で用いた「海外用予告編」が収録されているからだ。そのなかに映された鮮明なカットは、まさにオリジナルネガの輝きを垣間見せてくれるが、修復された本編の映像と比較すると、逆に本編をよくぞここまで鮮明にできたものと感嘆させられる。

筆者にとって、1991年のリバイバル公開で初めて観た『七人の侍』は、以降もフィルムで3回、ビデオ、DVD、Blu-rayで数回ずつ観てきたが、2016年に「午前十時の映画祭7」で上映された「4Kデジタルリマスター版」を観たときの衝撃は忘れがたい。

前から2列目に陣取ってスクリーンを眺めると、細部の一つ一つが手に取るように鮮明に目に飛び込んできた。音もまるで別物のように響き、『プライベート・ライアン』で、観客が突然戦場に放り込まれたような感覚を、『七人の侍』のリマスターももたらしてくれる。

黒澤映画独特のあの粒立った雨が、生々しく眼前に降りしきり、三船敏郎の演じる菊千代が泥まみれになって駆け、転がる。その光景に、ただ、ただ圧倒され続けた3時間27分だった。

それから7年、さらなる修復作業を経てUHD Blu-rayになった『七人の侍 4Kリマスター』は、自宅でも、映画館と同じ衝撃を味わうことが出来るようになった。

4Kリマスターで修復された黒澤映画が続々とリリースされる今、「映画修復」は、黒澤映画への受容、評価も変えてしまうことになりそうだ。

UHD Blu-rayで観る『野良犬』

黒澤映画好きにベストを尋ねると、意外に票が割れる。『羅生門』『七人の侍』『用心棒』などの定番を推す声がある一方で、『どですかでん』『まあだだよ』が最高傑作だという猛者もいる。筆者の周辺では、『生きる』『蜘蛛巣城』『生きものの記録』あたりの人気が高い。

かくいう筆者の場合は、黒澤が現代劇で描く直情的かつ歪な世界に惹かれてやまないだけに、必然的に『野良犬』と『天国と地獄』という刑事ものが最上位に浮上してくる。

満員バスの中で掏摸(スリ)に拳銃を奪われた新人刑事(三船敏郎)が、ベテラン刑事(志村喬)の助けを借りながら犯人を追う『野良犬』は多くの亜流を生んだ傑作中の傑作だが、戦後4年目の東京を丹念にロケーションした映像が素晴らしい。どんなにVFXが発達しても、時代の空気感を丸ごと捉えたこの映像には敵わない。ムンとする暑さ、汗、匂い、雨、泥にまみれた東京は、戦争の疲弊からまだ抜け出せていない。

こうした触覚的な映像に満ちているだけに、『野良犬』がフィルム傷の多い不鮮明な画質でしか観られないことを常々残念に思っていた。『七人の侍』と同じく、可燃性フィルムが用いられていたことからオリジナルネガが現存していない本作を、東京現像所の修復チームは見事に傷を消し、満足のいく画質にまで戻している。

映像と共に音声がクリアになったことで、作品の印象が大きく変貌したことは特筆すべきだろう。『野良犬』といえば、クライマックスで三船の刑事と、犯人の木村功が対決する画面で、近くの家から、「ソナチネ」の伴奏が聴こえてきたり、近くを横切る子どもたちが歌う「蝶々」の対位的な音楽の配置がよく知られている。

それ以外にも、志村喬と木村がホテルのロビーで不意に接近するサスペンスあふれた場面で「ラ・パロマ」がラジオから流れてくるところでも、同様の処理が行われている。


特に「ラ・パロマ」は、黒澤映画らしい豪雨の中で曲が響く――それも志村が三船と電話で話しているときに、受話器の向こうで曲が微かに聴こえてくる中で銃声が鳴るという、音が何重にも重ねられた演出が施されている。

しかし、こうした音の演出は戦後間もない録音技術では困難を極め、ダビングも1回目は黒澤からNGが出てやり直しになった。録音の矢野口文雄から再度の準備が整うのを待っていた黒澤は、あまりにも待たせるのでダビングルームを覗くと、「ラ・パロマ」をかけながらテストを繰り返す矢野口が、ひとり泣いていたという。

こうした繊細な音の処理を、これまで充分に享受できていたとは言い難い。不鮮明に聴こえていた音は、意図のみが先行して見えてしまう不幸を生んだとも言える。

後に『どですかでん』『乱』の音楽を手がけた武満徹は、黒澤の対位法的な音楽の使用について、「映画監督はしばしば演出の上で、音との掛け算とか対位法とかっていうんですね。悲しい場面では明るい音楽を外から流す。そうすると悲しみがよけい深まるとかね。僕はあれは迷信ではないかと思うんですよ」(「シネマの快楽」)と否定的に語っているが、筆者自身も、黒澤映画の音楽の配置は図式的すぎるのではないかと思っていた。

そうした思い込みは、4Kリマスターによって覆される。『野良犬』は、前述の劇中に流れる楽曲だけでなく、タイトルバックで野犬が漏らす荒い息に始まり、銃声、女スリが三船に根負けしてヒントを与える場面で聴こえてくるハーモニカ、闇市で次々に流れてくる流行歌、三船が先輩の志村の家に立ち寄り、配給のビールを一緒に飲む場面で縁側から聴こえてくる蛙の鳴き声――等々、多彩な音が重要な意味を担っている。それらが音質の向上によって、修復された映像と同じく黒澤映画への新たな視点をもたらす。

『天国と地獄』が描く14年後の野良犬たち

黒澤映画のUHD Blu-rayは、現在、『椿三十郎』『影武者』『野良犬』『生きる』『用心棒』『天国と地獄』『七人の侍』がリリースされている。こうしたソフトを購入するときは、つい2本立てのような買い方をしてしまう。正続編的な『用心棒』と『椿三十郎』をセットで買ったのは、特集上映や名画座で、この2本を連続で観ることが多かったからだ。

同様の理由で、『野良犬』と『天国と地獄』もセットで購入した。〈刑事もの〉という共通項だけでなく、筆者には連続した映画に見えるからだ。

もちろん、『野良犬』と『天国と地獄』は、三船敏郎、志村喬、木村功ら数人のキャストが共通するとはいえ、ストーリー的な連続性は全くない。前者がメグレ警視シリーズで知られるジョルジュ・シムノンを意識したサスペンス、後者がエド・マクベインの「キングの身代金」を原作とした犯罪映画である。

『野良犬』は2匹の犬をめぐる映画でもある。三船と木村はともに、復員時に全財産を奪われて無一文になった経験を持つ。そのとき、三船は邪な考えが脳裏をよぎるが、これが危ないときだと自覚し、警官への道を進む。一方、木村は自暴自棄となってダークサイドへ堕ちる。やがて、めぐりめぐって三船の拳銃が盗まれ、木村の手に渡り、その銃を使用した殺人事件が起きる。

 

三船が木村に行き着くまでの捜査は、野犬へと戻っていく過程も示す。闇市に潜入した三船は情報をあつめるが、そのときの扮装は、復員兵――つまりは警官になる前の野犬時代の姿である。長い闇市のシークエンスで、三船の目が変わる。ギロッとした野性の目を取り戻すのだ。

したがって、クライマックスは当然、文明と隔離された場所で、〈2匹の野犬〉の対決となる。

郊外の駅待合室で、三船は木村を見つけるが、間一髪で捕らえることはできず、木村は畑道から雑木林へと、一目散に駆けていく。まるで犬のように。三船も文明をかなぐり捨てて、犬になって追う。もちろん、文明の利器である拳銃を、置き忘れさせることを黒澤は怠らない。

この〈2匹の野犬〉の対決では、人の目線が、あれよあれよという間に犬の目線へ移り変わることも見逃せない。格闘中に身体は地面に接するようになり、構図はローアングルとなる。これは、まさに犬の視点である。

実際、彼らの近くを幼児が「蝶々」を歌いながら通過するカットでは、草むらからそれを覗く構図が、犬の見た目そのものであり、ゼエゼエと荒い息を吐く姿は、冒頭に映される野良犬と重なり合う。三船は犬になることで木村を追いつめたのだ。

『野良犬』から14年後に製作された『天国と地獄』もまた、犬をめぐる映画である。

大手靴製造会社の重役である三船の息子と、運転手の息子が間違えて誘拐されるところから始まる幼児誘拐をテーマとした本作は、ヒューマニズムと倫理に挑み、極上のサスペンス映画としても屈指の1本である。

前半を丘の上に建つ三船の邸宅のみで展開させ、中盤で特急こだまを用いた息づまる現金受け渡しの場面となる。そして後半は、刑事たちによる丹念な捜査が描かれる。アメリカ映画に出てくるようなスマートな警部を演じる仲代達矢は後半の始まりで、部下たちにこう叱咤する。

「それこそ、犬になってホシを追うんだ!」

もっとも、敗戦から18年が過ぎ、もはや戦後ではない時代を迎え、『野良犬』に出てきた犬たちも時代の変化に従わざるをえない。奪った拳銃でダークサイドに堕ちた木村功は、『天国と地獄』では緊張感のないマイペースな刑事となり、ギラギラしていた三船は会社の重役となって、顔にこそ獰猛さを残しているものの、まるで室内犬だ。

実際、『天国と地獄』の前半で頑なに三船が自身の邸宅から出ようとしなかったのは、かつては都内を自由に走り回っていた野良犬が、社会的な身分と生活を得たのと引き換えに、室内犬となって外を出回る自由を失ったと解釈することもできる。そう考えれば、こだま車内で三船がゼエゼエと息をしながら、犯人からの現金受け渡しの要求に翻弄される姿は、久々に外へ連れ出された犬そのものであり、その後に、人質の子どもを迎えに行く場面での一直線に走る姿は、『野良犬』で見せた犬の走りそのものだった。

『天国と地獄』に登場する〈2匹の犬〉は、仲代達矢の警部と、犯人であるインターンの山﨑努ということになる。『野良犬』の木村のように、山﨑も人が住むとは思えないような場所で暮らしながら、そこから見える三船の邸宅に妬みと憎悪を重ねていく。

しかし、『野良犬』の三船が、自分と同じ境遇だった犯人に同情し、自分もそうなっていたかもしれないと共感と憐憫を抱きながら追いつめていったのと対象的に、『天国と地獄』の仲代は、犯人と自分を重ねることなどない。

それどころか、ただの誘拐では最高15年の有期刑にしかならず、被害者の心情を慮れば極刑に値すると勝手に審判を下し、証拠不十分だった殺人をもう一度再現させようとする。結局、犯人をあえて逮捕せずに泳がせて罠にかけたことで、罪のない麻薬中毒患者が死に至らしめられる。仲代は、犯人を死刑にさせるためなら、麻薬中毒患者が死のうがどうでも良いという冷酷さを持ち合わせた現代的な犬なのである。

こうなると、ラストシーンが『野良犬』のように、2匹の犬が直接対決――仲代vs山﨑になったところで盛り上がるわけがなく、代わりに三船が拘置所の山﨑の前へ姿を見せる。しかし、かつての三船vs木村は野良犬同士の決闘だったが、『天国と地獄』のラストは、野良犬vs室内犬となり、もはやそこに刻まれた貧富の差は埋めようもないことが提示され、苦々しさを残して映画が終わる。

黒澤映画は、観終わった観客を饒舌に語らせる魅力を持つが、こうした比較が出来るという意味でも、UHD Blu-rayで観る際には、『野良犬』と『天国と地獄』のように、『用心棒』と『椿三十郎』、あるいは『七人の侍』と『影武者』というような2本立てで観ることを薦めたい。かつてない映像と音質が、新たな発見を触発するに違いない。

文・吉田伊知郎

株式会社東京現像所 (TOKYO LABORATORY LTD.)

所在地:本社 東京都調布市富士見町2-13

1955年、東宝・大映・大沢商会など、映画関係各社の出資により設立2023年11月30日に全事業を終了。

映画『七人の侍』4Kリマスター 4K Ultra HD Blu-ray

戦国時代、野武士達の襲撃に恐れおののく村があった。村人たちはその対策に、侍を雇うことにした。侍探しは難航するが、才徳に優れた勘兵衛を始めとする個性豊かな七人の侍が集まった。数で勝る野武士たちに侍は村人たちと共に挑んでゆく‥‥。破格の製作費と年月をかけて作られた日本映画史上空前の超大作であり、世界に誇る日本映画の最高傑作。

監督:黒澤明

出演:三船敏郎、志村喬、稲葉義男、宮口精二、千秋実、加東大介、木村功、津島恵子

発売元:東宝
©1954 TOHO CO.,LTD

発売中

販売サイト:https://tohotheaterstore.jp/items/TBR33123D

映画『野良犬』4K リマスター 4K Ultra HD Blu-ray

新米刑事・村上は満員のバスの中で、拳銃を掏られた。そして盗まれた拳銃が事件に使われてしまう。村上はベテラン刑事・佐藤に助けられながら捜査を続けるが‥‥。日本映画に刑事物というジャンルを確立した記念すべき作品で、サスペンス映画の傑作。刑事の犯人の息詰まる攻防を闇市、スラム街といった戦後の風景をバックに描く。

監督:黒澤明

出演:三船敏郎、志村喬、清水元、河村黎吉、淡路恵子、三好栄子、木村功

発売元:東宝
©1949TOHO CO.,LTD.

発売中

販売サイト:https://tohotheaterstore.jp/items/TBR33111D

映画『天国と地獄』4Kリマスター 4K Ultra HD Blu-ray

ナショナルシューズ重役・権藤の息子と間違えて、運転手の息子が誘拐された。身代金を持って特急こだまに乗り込めと要求する犯人に、捜査陣は翻弄されるが‥‥。他の犯罪映画とは一線を画したリアルなドラマ展開を、日本映画では考えられないダイナミックさで描くサスペンス映画の決定版。日本映画史に残る、身代金奪取のトリックシーンが圧巻。

監督:黒澤明

原作:エド・マクベイン「キングの身代金」

出演:三船敏郎、山崎努、香川京子、仲代達矢、木村功、三橋達也、志村喬

発売元:東宝
©1963 TOHO CO.,LTD.

発売中

販売サイト:https://tohotheaterstore.jp/items/TBR33119D