※ここから先は本編の結末に触れています。本編をご覧になってからお読みください。
悪い男たちの“その先”
暗黒街の大物ラッセル・バファリーノの、そしてジミー・ホッファの暴力装置として仕事をするよりずっと以前、フランク・シーランは第2次大戦に出征していた。史実におけるその従軍日数は411日。当時の平均は約100日だったという。その長い兵士生活のなかでシーランはイタリアから南フランス、そしてドイツへと転戦。いくつもの戦争犯罪に手を染めた。投降してきた敵兵の殺害、捕虜への私刑。ナチの輸送列車を襲い、その積み荷を食い散らかした後には運転手らに自らの墓穴を掘らせ、それから殺した。ダッハウをはじめとしたナチの強制収容所解放に加わった際には、看守らをその場で処刑。ハーグ陸戦条約にもジュネーヴ条約にも違反するこれらの行動に、シーランはいっさいの良心の呵責を感じることはなかったという。戦争のなかで徐々にモラルが失われていったのか、あるいはそれがもともと欠如していたのかは知る由もない。だがいずれにしても命令されたことを忠実に、場合によっては命令された以上に効率的にやってのける能力が、バファリーノおよびホッファとの仕事のなかで最大限に発揮されたことは疑いようがない。
ジミー・ホッファはいずれ権力の座を追われることになり、その腹心であったフランク・シーランに(幾度かの、結局無駄に終わった説得工作があった後に)暗殺命令が下る。もう一人の親であるラッセル・バファリーノからだ。直接そう告げられたわけではないが、状況から見て明らかにそういうことでしかない。
十数年にわたって傍に付き従い、それこそ寝起きまで一緒にしたホッファを殺めざるを得ない。普通の人間であれば悩んで悩み抜いた末にそれでも目が泳いでしまうような状況だ。シーランも多少苦悩はする。だがそれでも仕事は仕事だと、極めてドライにホッファの脳天に銃弾を撃ち込む。その血が空き家の壁に赤い染みを作る。「家のペンキを塗るらしいな」――ホッファがシーランに口を利いた、その最初のひとことがここで皮肉に響く。
『レイジング・ブル』でデ・ニーロが演じたボクサー、ジェイク・ラモッタは破天荒な人生を送ったが、その晩年にはまだ救いがあった。『ミーン・ストリート』のデ・ニーロは無軌道に生きた末に物語からフェイドアウトした。『カジノ』や『グッドフェローズ』ではそれぞれ放埒の末に挫折したけれども、その最期は観客の想像に委ねられている。ところが『アイリッシュマン』のデ・ニーロ=フランク・シーランについては、その生涯を閉じるまでのギリギリの線がとうとう描かれることになる。シーランは良心の呵責とは無縁の人生を送り、最終的に何を得ることもなく死ぬ。実の家族にも完全に見放されて人生を終えるしかない男は、かつてジミー・ホッファが口にしたように、孤独な部屋のドアを少し開けておいてくれ、と死の床で頼む。誰がどう見ても常軌を逸した男たちの心の奥底にそれでも残る身勝手な人間らしさ、悪人たちの最終的な(ロマンのかけらもない)末路がここには描かれている。いままでのスコセッシ作品ではあまり見られなかった真の絶望。それが完全な形で見られる点において、『アイリッシュマン』はスコセッシの、そしてデ・ニーロの到達点だと思う。
文/てらさわホーク
全米トラック運転手組合“チームスター”のリーダー、ジミー・ホッファ(アル・パチーノ)の不審な失踪と殺人事件。その容疑は、彼の右腕で友人の凄腕のヒットマンであり、伝説的な裏社会のボス、ラッセル・バファリーノ(ジョー・ペシ)に仕えていたフランク・シーラン(ロバート・デ・ニーロ)にかけられる。第2次世界大戦後の混沌としたアメリカ裏社会を舞台に無法者たちの壮絶な生き様を描く。
監督:マーティン・スコセッシ
出演:ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ、ジョー・ペシ、ハーヴェイ・カイテル
独占配信中
公式サイト:https://www.netflix.com/theirishman
予告編:https://www.youtube.com/watch?v=oITaX3OHJvs
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