マーティン・スコセッシとロバート・デ・ニーロが、22年ぶりに本格合体を果たした『アイリッシュマン』。ジョー・ペシとハーヴェイ・カイテルの常連組、さらに加えてアル・パチーノまで顔を揃えた最新作は、約60年にわたるアメリカの裏面史を描ききる超大作となった。上映時間210分(およびここまでに名前を挙げた男たち、全員合わせて388歳)のNetflix映画、さまざまな意味で常軌を逸した本作について掘り下げてみたい。
デ・ニーロ不足を補うスコセッシ渾身の大作
近年のマーティン・スコセッシに対しては、ある不満を抱えてきた。ロバート・デ・ニーロが足りない!
ゼロ年代以降、レオナルド・ディカプリオと組んだ『アビエイター』(04年)に『ディパーテッド』(06年)、それに『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(13年)。あるいは自身にとって極めて重要なテーマである信仰に向き合った『沈黙 -サイレンス-』(16年)。いずれも見事な作品だったし、その衰えを知らない手腕に毎度唸ったものだ。しかし足りない。デ・ニーロが。
90年代のある時期まで、スコセッシの映画とはデ・ニーロの演技を見るためのものだった。1973年の『ミーン・ストリート』から始まった二人のタッグ。『タクシードライバー』(76年)、『ニューヨーク・ニューヨーク』(77年)、『レイジング・ブル』(80年)、『キング・オブ・コメディ』(82年)。少し間をおいて『グッドフェローズ』(90年)に『ケープ・フィアー』(91年)、そして『カジノ』(95年)。タイトルだけ並べても、その密度の濃さに思わずうっとりしてしまう。2~3年に一度はこの監督主演コンビの、あまりに緊張感あふれる世界に浸りたいと思ったものだが、しかし二人のコラボレーションは『カジノ』を最後に途絶えた。15年には短編『オーディション』で再結成なったものの、こちらが観たいのは2時間半越えの超大作であった。もう最強タッグの仕事は観られないのだろうか…。
そこへ降って湧いたのが『アイリッシュマン』である。じつに22年ぶりとなるスコセッシ/デ・ニーロの再合体に加え、『グッドフェローズ』と『カジノ』で危険すぎる存在感を示したジョー・ペシがセミリタイア状態から復帰という。さらには監督の初期作『ドアをノックするのは誰?』(67年)以来、何度も顔を出してきたハーヴェイ・カイテルが登場。および今回はデ・ニーロ最大のライバルにして盟友のアル・パチーノまでがスコセッシ映画に初参戦するというではないか。超大物が一気に顔を揃える、まさに名優だらけの満漢全席のような映画。上映時間は堂々の3時間29分、だが5時間でも6時間でもまだまだ観ていられるというものだ。これだけの超大作がいきなり居間のテレビで観られるという状況は、良くも悪くも信じ難くはある。
「家のペンキを塗るらしいな」
本作でデ・ニーロが演じるのは実在の元トラック運転手、フランク・シーラン。1950年代のある時、ペンシルヴァニアの暗黒街の大物、ラッセル・バファリーノ(ジョー・ペシ)に出会い、組織のヒットマンとして仕事を受けるようになる。第2次大戦帰りのシーランとしてみれば、上からの命令を疑いなく、忠実に実行することは造作もなかったし、またそのひとつひとつに疑いを挟むこともなかった。いずれシーランはバファリーノから、ある男を紹介される。男は電話口でこう聞いた。「家のペンキを塗るらしいな」――。ええ、庭仕事もします、とシーランは答える。電話の向こうの男の名前は“ジミー”・ジェームズ・リドル・ホッファ(アル・パチーノ)。米国最大の労組、IBT(全米トラック運転手組合)を一手に掌握する、大物中の大物だった。
ホッファは“チームスター”と呼ばれる組合の、またその中における自らの権勢を拡大するためにはいっさいの手段を選ばなかった。マフィアと癒着して持ちつ持たれつの関係を固め、競合する組合は容赦なく叩き潰し、その手法を問題視した司法とは長年にわたって激しい闘争を繰り広げた。
「I heard you paint houses」というホッファの問いかけは、フランク・シーランの告白を綴った原作の題名になっている(映画においても『アイリッシュマン』とのタイトルが出てくるのは最後の最後で、冒頭に画面を飾るのはこちらの台詞のほうだ)。“家のペンキ”というのはつまり、壁に飛び散った誰かの血のことで、“庭仕事”とは穴を掘って死体を埋めることを意味する。ホッファのボディガード兼暴力装置としてシーランは獅子奮迅の活躍を見せ、二人の間には分かち難い絆が生まれる。しかしホッファの果てることのない権力への渇望はいずれ癒着相手のマフィアとの間に軋轢を生み、シーランは組織と盟友との間で追い詰められていくことになる…。