Feb 18, 2025 column

映画『ブルータリスト』アメリカの若者に大人気、壮大な“大ボラ”で描く創作者の受難

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映画製作、そしてフィルムメイカーの受難

語り口は骨太にして流麗だ。決してスピーディに展開する物語ではないが、編集を担当したダーヴィド・ヤンチョーは小気味よいリズムで全編を構築。上映時間の折り返しにあたる1時間40分のところで15分間のインターミッションを挟むことにより、短めの映画2本を観るような体感を与え、必然性のないストレスを回避した。

もともとコーベットとファストヴォールドは、「できるだけ壮大な作品にしよう、どうやって実現するかは後で考えよう」という姿勢で脚本に臨んだそう。その後、スケールや作風ゆえに出資者探しは難航したが、プロデューサーが事前に想定した製作費の3分の1、900万ドルで映画を完成させた。「現代のフィルムメイカーは現実的でなければいけない」とはファストヴォールドの言葉だが、その精神は観客にも向けられているように思える。

特筆すべきは、ラースローの半生とその創作活動が、ハリウッドにおける映画製作のメタファーとなっていることだ。ラースローはハリソンの依頼でコミュニティセンターの建設に挑むが、そこではアーティストのビジョンと創作活動に次々と横やりが入る。出資者サイドの意向と懸念、新しい建築家の登場、陰謀、思わぬ事故。ラースローは自らが望む作品を完成させるために頑として戦うが、そうするほどに周囲の疑念は膨れ上がってゆく。

こうした構図は、ハリウッドのスタジオとフィルムメイカーの関係にそのまま重なる。大手企業の大作映画では、しばしば名のある映画監督が起用され、のちにスタジオとの創造性の違いを理由に降板しているが、そうした事例を頭の片隅に置けば、これは映画製作の理想と現実を描いた映画でもあることがわかるだろう。

ラースローとエルジェーベトは、壮大なプロジェクトのなかで、作品と自らの尊厳を守るために傷つき、疲れ切り、常軌を逸しながら駆け抜けてゆく。いや、もはや2人は足を止めることができないのだ。コーベットとファストヴォールドが私生活でもパートナーである以上、これはきわめてパーソナルなストーリーとも言える。

映画の最後に、“彼ら”は何を語るのか。劇中には真実の明かされない謎がいくつもあり、その曖昧な描き方も実に巧みだが、物語はひとまず堂々の完結を迎える。つまるところ、ラースロー・トートは何を考え、何を目的に、何を作ろうとしていたのか――。

さりげなく仕掛けられた伏線をさらりと拾ってゆくラストのメッセージは、すべてのフィルムメイカーやクリエイター、ひいては何かを愛する人たち全員を力強く励ます、一種のラブレターでもある。


文 / 稲垣貴俊

作品情報
映画『ブルータリスト』

才能にあふれるハンガリー系ユダヤ人建築家のラースロー・トーは、第二次世界大戦下のホロコーストから生き延びたものの、妻エルジェーベト、姪ジョーフィアと強制的に引き離されてしまう。家族と新しい生活を始めるためにアメリカ・ペンシルベニアへと移住したラースローは、そこで裕福で著名な実業家ハリソンと出会う。建築家ラースロー・トートのハンガリーでの輝かしい実績を知ったハリソンは、ラースローの才能を認め、彼の家族の早期アメリカ移住と引き換えに、あらゆる設備を備えた礼拝堂の設計と建築をラースローへ依頼した。しかし、母国とは文化もルールも異なるアメリカでの設計作業には多くの障害が立ちはだかる。ラースローが希望を抱いたアメリカンドリームとはうらはらに、彼を待ち受けたのは大きな困難と代償だった‥‥。

監督:ブラディ・コーベット

出演:エイドリアン・ブロディ、フェリシティ・ジョーンズ、ガイ・ピアース、ジョー・アルウィン、ラフィー・キャシディ

配給:パルコ ユニバーサル映画

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2025年2月21日(金) TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開

公式サイト universalpictures.jp/micro/the-brutalist