Feb 18, 2025 column

映画『ブルータリスト』アメリカの若者に大人気、壮大な“大ボラ”で描く創作者の受難

A A
SHARE

壮大かつ緻密な“大ボラ”の世界

主人公のラースロー・トートは、才能にあふれ、確かな実績をもつ建築家だ。ところが戦争の災禍ゆえ、ユダヤ人である彼は強制収容所に送られ、戦後はキャリアを一から築き直すことになった。新しい言語によって、新しい世界のなかで。

物語は「序曲」「パート1」「パート2」「エピローグ」の4部構成で、ラースローの日常と受難の日々をじっくりと描き出していく。

アメリカに渡った後、いとこの家具屋で働きはじめたラースローは、著名な実業家ハリソン・ヴァン・ビューレンの息子ハリーから父の書斎を改修するよう命じられた。ところが、帰宅したハリソンはラースローの仕事に激怒し、報酬は一切払わないと宣言する。いとこは、ラースローが自分の妻に色目を使ったと主張し、失敗の責任を押しつけて店から解雇した。

3年後、建設作業員となり、煙草とヘロイン漬けの毎日を送るラースローの前にハリソンが現れる。改修後の書斎が建築として評価されたことから、ラースローの実績を知ったハリソンは、本来の報酬を払い、彼をパーティーに招待した。

ラースローの願いは、生き別れた妻エルジェーベトと、姪のジョーフィアをアメリカに移住させること。かわりにハリソンは、自らの悲願であるコミュニティセンターの設計と建築をラースローに依頼する――。

戦争によって何もかもを失ったラースローが人間として、また建築家として回復してゆく前半から、巨大な建築プロジェクトに携わることで創造の狂気に身を投じる後半へ。タイトルのごとく「構造」がむき出しの物語を肉付けしたのは、実力と個性豊かな俳優陣の芝居だ。観客は彼らの織りなす歴史の“現場”に立ち会い、没入することになる。

ラースロー役は『戦場のピアニスト』(2002)でアカデミー賞主演男優賞に輝くエイドリアン・ブロディ。自らもハンガリー系のアイデンティティを持つブロディは、ときに繊細、ときにはギリシャ悲劇のごとくダイナミックな演技によって、この人物に劇的な魅力を与えた。

妻エルジェーベト役は『博士と彼女のセオリー』(2014)や『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(2016)のフェリシティ・ジョーンズ。大幅な減量によって病後の姿を演じるとともに、ラースローを凌駕するほどの情熱と狂気を体現し、ブロディと完璧に渡り合う存在感を見せつける。

そして、キーパーソンの実業家ハリソン役は『メメント』(2000)などのガイ・ピアース。従来のイメージを覆すビジュアルと役づくりをもって、トートが目指す芸術の前に立ちはだかる、豪快で残酷(ブルータル)な資本主義社会の象徴を演じきった。

もっとも注意しておきたいのは、この映画が実話ではなく、監督・脚本のコーベットと共同脚本のモナ・ファストヴォールドが編み出したフィクションであることだ。徹底したリアリティをもって物語は展開するが、ラースロー・トートという建築家は架空の人物。インスピレーションを得た実在の人物は複数人いたそうだが、あくまでもこれは一種の偽史映画だ。

コーベットは映画の冒頭から大胆な画面設計で観客を驚かせながら、美術や衣裳の細部まで(インターミッションに至るまで)こだわり抜いたデザインで映画の格調とリアリティを確立。語ろうとする物語のスケールといい、3時間35分もの長尺といい、それを架空の歴史によるフィクションで成し遂げる筆力といい、これほど壮大で緻密な“大ボラ”を吹ける映画作家は近年稀だろう。