Nov 24, 2019 column

中東が舞台の映画、オスカーにも高確率で候補入り!近年の中東映画の魅力

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ここ数年、世界のある地域の作品が、静かなブームを呼んでいる。それは中東だ。わざわざ日本で劇場公開される時点で、厳選された珠玉作というのは当然のこと。しかし、この中東地域の作品は、われわれ日本の観客とはまったく違う価値観だったり、世界全体の情勢を反映していたりと、とにかく目からウロコの経験を届けてくれる。しかもシリアスな作品ばかりではなく、コメディやラブストーリーもあり、思わずハマってしまう観客が多い。現在公開中の、イスラエルとパレスチナを舞台にした『テルアビブ・オン・ファイア』を中心に、最近の中東映画の魅力に迫ってみよう。

“現実”を描きながらエンタメを貫く

トランプ大統領によるアメリカ大使館のエルサレム移転や、パレスチナ自治区ガザへの空爆など、何かとキナ臭いニュースばかりのイスラエル。ひとつの国の中での、イスラエル人とパレスチナ人の確執は、もはや終わりが見えない絶望的な状況である。そんなイスラエルのエルサレム(ここもイスラエル政府が首都と宣言しているが、国際社会では認められず、各国大使館はテルアビブにあるなど超複雑)と、パレスチナ自治政府の都市、ラマッラーを舞台にしたのが、『テルアビブ・オン・ファイア』だ。タイトルからして“炎上するテルアビブ”と、何やら危うい予感。しかしこれは、劇中で描かれるTVドラマのタイトルである。

国民的人気ドラマ『テルアビブ・オン・ファイア』の制作現場で、ヘブライ語の指導者として雇われたパレスチナ人青年のサラームが、やがて脚本の執筆を託されるストーリー。脚本に関してはシロウト同然のサラームが、なぜ抜擢されたのか? それは、毎日通る検問所の司令官アッシの妻がドラマの大ファンで、妻に自慢したいアッシがサラームにアイデアを出し、そのアイデアが現場で採用されてしまったから。書けもしない脚本に四苦八苦するサラーム。そして自分のアイデアをどんどん強要するアッシ…と、ここまで紹介すればわかるとおり、この『テルアビブ・オン・ファイア』は基本的にコメディである。

この展開、ウディ・アレン監督の傑作『ブロードウェイと銃弾』(94年)を思い出したりもする。ブロードウェイで上演される芝居の脚本に、マフィアのボディガードが口出ししたら、どんどん話がおもしろくなっていく物語だ。つまり、イスラエルというちょっと“特殊”な背景にもかかわらず、『テルアビブ・オン・ファイア』の基本は、どこにでも起こりそうなドラマだということ。思いのほか、軽快なノリで楽しませてくれる。

とはいえ、劇中にはイスラエルとパレスチナの“現実”が盛り込まれている。パレスチナ人のサラームは毎日、自宅のあるエルサレムから撮影現場のスタジオ(パレスチナ側)に通うたびに検問所を通らなければならず、IDを確認される。司令官のアッシはイスラエル人であり、検問する側の立場。この二人のメインキャラは、まさにイスラエルとパレスチナの象徴だ。社会的、政治的なテーマをエッセンスとして伝えつつ、あくまでもエンタメとして突き進むところが、『テルアビブ・オン・ファイア』の魅力だろう。「反ユダヤだけど、ロマンチック」「テロリストだけど、いい男」といった、政治的に際どいセリフも、ブラックジョークというより、日常的に交わされ、傍から見たら一触即発状況のイスラエルも、市民がユーモアとともに生きているという、当たり前の事実にホッコリしてしまったりする。

ヴェネツィア国際映画祭で作品賞(Interfilm部門)を受賞したように、世界で高い評価を受ける『テルアビブ・オン・ファイア』だが、シンプルに“イスラエル映画”というわけではない。ルクセンブルク、フランス、イスラエル、ベルギーの共同製作なのだ。本年度のアカデミー賞外国語映画賞には、ルクセンブルク代表としてエントリーされている。監督のサメフ・ゾアビは、イスラエル生まれのパレスチナ人なので、物語の視点はエルサレムの人間ながら、製作に他国も入ることで、より普遍的な作品になったのかもしれない。