Jul 09, 2025 column

最強にして凡人、ジェームズ・ガン版『スーパーマン』が描く現代英雄論

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家族とジェームズ・ガン

世の作家には、常に新しいテーマを掘り当てようとするタイプと、同じテーマを反復することでさらなる深みを目指すタイプがいる。ジェームズ・ガンはまぎれもなく後者であり、「アウトサイダー」以外にもパーソナルなテーマをいくつも映画に託してきた。

数々のインタビューで認めているように、ガンにとって「家族」は大きなテーマのひとつだ。アルコール依存症を患う父親のもと、機能不全家族で育ったガンは、幼いころから自分の居場所はどこにもないと感じ、孤独感に苛まれ、何度も自死を考えていたという。

この個人的な主題は、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズを貫いた「血縁家族」「疑似家族」というテーマにそのまま反映され、そして『スーパーマン』にも引き継がれている。スター・ロード/ピーター・クイルと同じく、スーパーマン/クラーク・ケントにも生みの親がいない。

クイルは母親の遺したミックステープを繰り返し聴いていたが、スーパーマンはクリプトン星から届けられた両親からのメッセージ映像を何度も見ている。不在の両親に対する憧れ、それゆえの葛藤と苦しみは『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』(2017)で描かれたものの変奏だ。

スーパーマン/クラーク・ケントを愛し育てた農場のケント夫妻も、いまの自分を支えるレインも、暴れん坊の愛犬クリプト(ガンの愛犬オズがモデルになっている)も、デイリー・プラネットの同僚も、勇敢な変人ぞろいのヒーローチーム「ジャスティス・ギャング」も、みな血縁関係にはない。言うなれば、彼は”家族”から切り離されて地球でひとりぼっちなのだ――しかし、やはりガンは血のつながらない彼らの協力にこそ希望を見ている。だからこそ、名もなき市民たちの団結も同じく尊い。

今回、ガンはこれまでユーモアで覆い隠してきた核心をてらいなくストレートに表現した。クラーク・ケントとロイス・レインが自室で口論する長ゼリフにはじまり、クライマックスのスピーチや演出に至るまで、切実なテーマやエモーショナルな人間ドラマを正面から描くことに一切の躊躇がない。

おなじみの不謹慎なジョーク、既存楽曲を使用した痛快なワンカットのアクションシーン、レーティングのギリギリを攻めるような暴力描写といった“ジェームズ・ガン印”も確かに健在だ。しかし、その純度の高い語り口はスーパーマンの純粋さに引き寄せられたがゆえの革新だろう。「今の自分だから撮れた作品だ」とガンは述べているが、描いたキャラクターがむしろその決断を後押しした側面もあったのではないか。

最強にして凡人のスーパーヒーロー

スペースオペラだった『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』から、主に地上で戦う『スーパーマン』へ。その視点の変化は、現実世界の戦争やテクノロジーを反映した物語と、よりダイレクトで地に足のついた人間ドラマへと活かされた。

これまで培ってきた作劇術と演出により、ユニバース最強のヒーローを等身大の人物として描きながら、同時に圧倒的主人公としてのスーパーマンを軸とした一種の群像劇に仕立てた手腕には舌を巻く。巧みな構成と伏線の美しさ、室内・屋外を問わず空間をダイナミックに切り取る撮影、目まぐるしいほどハイテンポな編集――新境地に踏み出しながらも、やはりこれはジェームズ・ガン映画だ。

しかし筆者がもっとも胸を打たれたのは、ガンがスーパーヒーロー映画としてのアップデートと変幻を試みた末に、スーパーマンというキャラクターを通して、「スーパーヒーローとはなにか」そして「人とはなにか」を問うかのごとき深みに到達したことだ。

前作『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』(2023)で落ちこぼれのヒーローチームが対峙したのは、世界のすべてを自らの考える「完璧」に塗り替えようとする恐ろしい悪役だった。それから2年が経過したいま、ガンが描いたのはやはり「完璧」ではない、自らの正義と愛を信じる、“最強にして凡人”のスーパーヒーローだったのである。

人は完璧ではありえない、それでも善のために生きなければならない。少なくとも、自分の考える善に向かってゆかなければならない。あえて言えば、これはジェームズ・ガンが語る“君たちはどう生きるか”だ。

主演のデヴィッド・コレンスウェットが善の光明を体現するとき、その力強い声を受け止めるのは、コンプレックスと怒りに溺れたレックス・ルーサー役のニコラス・ホルトだ。残酷にして情けない、ありとあらゆる負の感情がぼろぼろと剥がれ落ちてくるような名演が照らし出す、その光と影のコントラストもまた、ジェームズ・ガンだからこそ描けた『スーパーマン』の強烈な後味である。


文 / 稲垣貴俊

作品情報
映画『スーパーマン』

大手メディア「デイリー・プラネット」で平凡に働くクラーク・ケント、彼の本当の正体は人々を守るヒーロー「スーパーマン」。子供も大人も、愛する地球で生きるすべての人々を守るため日々戦うスーパーマンは、誰からも愛される存在。そんな中、彼を地球の脅威とみなし暗躍する、最強の宿敵=天才科学者にして、大富豪・レックス・ルーサーの世界を巻き込む綿密な計画が動き出す。

監督:ジェームズ・ガン

出演:デイビッド・コレンスウェット、レイチェル・ブロズナハン、ニコラス・ホルト

© & TM DC © 2025 WBEI
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2025年7月11日(金) 全国公開

公式サイト superman-movie