アメコミ界の雄、マーベル・コミックが誇る看板キャラクターのひとり「スパイダーマン」。そんな唯一無二と思われたスーパーヒーローが、複数存在するという驚きの世界観で描かれる長編アニメーション映画『スパイダーマン:スパイダーバース』がついに日本公開を迎えた。全米公開前から多くのメディアや批評家たちに大絶賛され、先日の第91回アカデミー賞において長編アニメーション賞に輝いたことも記憶に新しい本作の魅力を紹介する。
総勢86人のスパイダーマンが集結する原作コミック
これまで実写化をはじめ数々のメディアで活躍してきたスパイダーマンだが、意外にも長編アニメーション映画が作られるのは今回が初めて。そんな記念すべきタイトルの原作に選ばれたのが、総勢86名に及ぶ古今東西のスパイダーマンたちが大集結するコミック『スパイダーバース』シリーズだ。
“スパイダーマンたちが大集結”なんて意味不明だと思うかもしれないが、マーベル・コミックでは、長い歴史の中で作られてきた作品群の世界観をすべてマルチ・バース(多元宇宙)という形で考えており、スパイダーマンをはじめキャプテン・アメリカやアイアンマンなどが活躍する基本となる正史の世界を“アース-616”と命名。そこから派生するあらゆるもの全てに番号を振って存在させている。
スパイダーマンだけで説明すると、最初にコミックで登場した基本的なスパイダーマンがいる世界を“アース-616”、トビー・マグワイアがピーター・パーカーを演じたサム・ライミ版は“アース-96283”、アンドリュー・ガーフィールド版の『アメイジング・スパイダーマン』は“アース-120703”、現在進行中のトム・ホランド版が属するマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)では“アース-199999”というように設定されており、同じピーター・パーカーという人間でも別次元で何人も存在し、さらにはピーター・パーカーではないスパイダーマンも数多く存在するということだ。
原作の『スパイダーバース』は、そんな様々な次元で活躍するスパイダーマンたちが垣根を超えて集結し、共通の敵に立ち向かうという実に豪華なコミックシリーズであり、日本からも東映実写ドラマ版や、「コミックボンボン」で連載されていたスパイダーマンJまでもカバーされており、まさに“スパイダーマン全部乗せ”と言っても過言ではない。(権利関係の都合上、描かれないキャラもいるが基本的に全員いるという設定)
世界を唸らせた圧倒的なアニメーション表現
本作『スパイダーマン:スパイダーバース』でまず目を引くのがその圧倒的かつ豊かな映像表現だろう。ソニー・ピクチャーズ・イメージワークスは総力を挙げて、単純なCGアニメではなく、まさに“動くコミック”を目指した。3Dで作られた空間に、セリフの吹き出し、コマ割り表現、コミック特有のザラついた質感、印刷時に出るドット感、さらには印刷ミスなどで起きる色ズレまでも完全再現。さらに予め作り込まれたCGのアニメに、アニメーターたちが後から1フレームごと手書きでアニメーションを書き足していくという新技法を開発。最新技術に加え、むしろその真逆ともいえるような芸術的なアナログ手法をブレンドすることで見事実現した。
前例のない技法を確立するには膨大な時間が必要になるのは当然だが、はじめの10秒を満足いくレベルまで持っていくのになんと約1年間もかかったという。このコンピューターで作ったアニメーションに手書きタッチアップをブレンドする制作プロセスは、米国で特許申請しているらしい。