『新幹線大爆破』(1975) はいかにして作られたか ーー企画の成り立ちから上映まで、制作の裏側を徹底解剖(最終回 / 全3回)

『新幹線大爆破』はヒットしなかったのか?

『新幹線大爆破』は公開時、興行は失敗に終わったと言われることが多い。本当にそうなのか、上映2日目となる7月6日(日曜)の全国主要都市における東映直営館の観客動員数を、「週刊映画ニュース」(75年7月12日号)をもとに見てみよう。以下のような数字となっている。

丸の内東映(3850名)、新宿東映(3050名)、浅草東映(2540名)、渋谷東映(3190名)、大阪東映(3100名)、梅田東映(5100名)、名古屋東映(1780名)、福岡東映(2500名)、札幌東映(1410名)。

名古屋、札幌の数字が低いが、これが地方の直営館、系列劇場になると、さらに数字は悪くなったという。主要館でもオールナイト、平日の数字が落ち込む結果となった。その結果、配給収入10億円を目標に掲げていた東映としては、意外な苦戦を強いられることになった。

映画への評価は高く、観客の満足度も高いものだったが、それが数字に結びつかなかった。東映内では、敗因分析が行われた。その中で挙がったのは、ファミリー層、女性客の動員に成功したものの、逆に従来の東映の客層が離れたため、オールナイト、平日の興行が弱くなってしまった。併映作品(『ずうとるび 前進!前進!大前進!!』)の選択が悪く、観客の年齢層が計算出来ていなかった。特撮を前面に押し出しすぎた――等々の意見が出たが、最も大きな原因は、公開のタイミングだったことは明らかだった。

『新幹線大爆破』が公開される1週間前の6月28日、パニック映画の金字塔となった大作『タワーリング・インフェルノ』が封切られた。観客がどれほどつめかけたは、前掲の『新幹線大爆破』公開2日目となる7月6日(日曜)の東京・大阪の主要劇場の入場者数を見れば、差は明らかだ。 丸の内ピカデリー(10182名)、新宿ミラノ座(9423名)、梅田グランド(10788名)、梅田東映パラス(12083名)、千日前国際劇場(11003名)、大阪松竹座(15257名)。

公開2週目にしてこの数字である。配給収入36億円を記録したのも納得の大ヒットぶりだ。それだけに、『新幹線大爆破』の公開時期がずれていれば、違った興行結果になっていた可能性を指摘する声もある。

とはいえ、「週刊映画ニュース」(75年11月8日号)によると、1975年3月~8月に公開された東映作品の配給収入トップ5は、①『東映まんがまつり』(5億5千万)、②『トラック野郎 御意見無用』(5億3千万)、③『県警対組織暴力』(3億2千万)、④『新幹線大爆破』(3億)、④『けんか空手 極真拳』(3億)となっており、後に言われるほど『新幹線大爆破』がヒットしなかったわけではないことが理解できよう。だが、公称の総製作費5億3千万円をペイするには程遠く、最終的に1億円の赤字となったという。実際、3週間のロングラン上映予定が、大阪などでは不入りのために途中で打ち切りとなった。

期待された収益を上げなかったことで、様々な余波が生じた。高倉健への成功報酬を発生させることが出来なかったこともそうだが、東映社長の岡田茂は基本的な企画の立ち上げから再検討することを指示し、自らが脚本から宣伝までチェックする体制を敷き直した。岡田は、「アメリカのパニック映画のヒットに刺激され“新幹線大爆破”を作ったが、やはりまがいものはダメとの教訓を得た。だから東映ファンに支持される企画という基本方針に立ち返る」(「スポーツニッポン」75年8月15日)と語り、企画方針を大きく転換させることになった。

その結果、『新幹線大爆破PARTⅡ』というべき企画も中止になってしまった。公開前から新幹線映画第2弾として、森村誠一原作の『新幹線殺人事件』の映画化が企画されていたのだ。

東映企画製作部長の登石雋一は「“新幹線大爆破”で実物が撮れなくても、十分映画化できる自信がついた。“新幹線殺人事件”も前半は新幹線を使った時間のトリック。後半は二つのマンションをたくみに使った空間のトリックがあって原作は非常に面白い。映像的にもとらえやすいので現在、原作者と交渉中です」(「報知新聞」75年7月5日)と、新幹線の模型をはじめ、新幹線総合指令所などを再利用して新たな新幹線映画の構想を語っていた。

この新幹線再利用計画が実を結ぶのは、2年後に東映が製作したTVドラマシリーズ「新幹線公安官」(テレビ朝日系)まで待たねばならなかった。新幹線に乗車する鉄道公安官を主人公にした内容だったが、流石に『新幹線大爆破』方式で製作するのは無理があったのか、国鉄と和解し、国鉄協力下で撮影が行われた。

ただし、台本をチェックすることが国鉄が協力する条件となった。その結果、車内での銃撃戦は乗客に恐怖感を与えるから不可、強盗犯が車内に置き忘れた大金を清掃員が着服する設定も、清掃員のイメージダウンになるとNGになるなど、ドラマ作りに大きな制約が付くことになった。

また、名古屋―東京間の客車ロケでは、一車両分すべての座席の切符を購入して撮影にあたったが、正規料金が必要になり、撮影時間も2時間に限定されるため、不経済かつ、時間の制限に悩まされることになった。

そこで、東映東京撮影所に放置されていた『新幹線大爆破』のセットを流用することになった。TV用の撮影に合わせて4千万円かけてリフォームしたが、番組を担当した福富哲プロデューサーは、「セットでは新幹線が走っている時の揺れが出ないのが、ちょっと不満。それに、長過ぎて外にはみ出しているので、冷房が効かず、むし風呂みたいなんですよ」(「日刊スポーツ」77年8月1日)と不満を漏らしたが、座席、窓、洗面所に至るまで本物の備品を購入して作ったセットだけあって、再利用に耐える質感をドラマにもたらした。

延伸する東映新幹線

赤字に終わったかと思われた『新幹線大爆破』は、思わぬ広がりを見せ始めた。海外展開が意外なまでに好評だったのだ。東映国際部の杉山義彦は、岡田社長の指示で海外販売のために再編集するよう指示を受ける。ドラマ部分の短縮を中心に行われたが、監督の佐藤純彌に再編集後に了解を求めると、一箇所を除けば了解である旨の返事を得る。杉山が、そのときのやり取りを語っている。

「唯一監督が譲歩できなかった削除箇所は、宇津井健さん演じる指令室長が走行中の運転手(千葉真一)に指令を出すシークエンスでした。指令室と運転手との間で列車制御について熾烈な応酬があり、その混乱ぶりは緊迫感を盛り上げる重要なシークエンスで、監督としては譲れなかったのです」(『東映の軌跡』)

こうして再編集された海外版『The Bullet Train』は、国内公開版から40分近くカットされ、香港の日本映画見本市、タシケント国際映画祭、ミラノ国際映画見本市などへ海外市場で紹介され、日本映画としては異例の買付競合が起きる人気作となった。そのため、翌年にかけて海外輸出された東映作品の中では突出した売上げを見せることになった。

フランスでは大手配給会社のゴーモンが買い付け、独自に再編集を行って、100分に短縮した『Super Express 109』の題で、1976年6月に公開。ゴーモン系劇場17館で公開され、1週間で3640万円を稼ぎ出したことが大きな話題となった。その後も6週間連続続映となり、現地で観た日本人によると、「観客の反応は最後まで緊張の連続で、ドヨメキが起こり拍手が沸き嘆息がもれ、やがて危機を脱出し指揮した主人公が画面に出ると、観客は口々に、よくやった、よくやった!といって肩をたたき合い拍手が起こる。そして映画が終わった時、もう観客はグッタリだった」(「映画撮影」77年3月号)というから、相当受けが良かったようだ。

もっとも、東映は10万ドルで売り切りにしていたせいで、ヒットの恩恵は受けられなかったようだが。東映の岡田茂社長は、フランスでの意外なヒットについて驚きつつも、「映画というのは、元来、そんなものなんだよ。昔からヤシ商売と言って、イラッシャイと呼び込む商売というのは水物なんだよ。薬だって富山のオイッチニ、お菓子だって縁日のものだ。それを集めたのが百貨店だろ。威勢よくやってるところが勝ちさ」(『財界』76年10月1日号)という独特の分析を行っている。なお、『Super Express 109』は1976年12月、東京、大阪、名古屋、福岡、札幌の東映直営館で凱旋上映が行われた。

こうした海外でのヒットが、後にヤン・デ・ボン監督による『スピード』が、『新幹線大爆破』と内容が酷似しているという指摘を生むことになった。新幹線からバスへと置き換えられているものの、バスに仕掛けられた爆弾は、50マイル毎時(時速80km)以下にスピードを落とすと爆発するという設定になっており、爆弾犯と爆弾除去をめぐる物語は、換骨奪胎というべきものだった。しかし、それを言い出せば、『新幹線大爆破』自体が『夜空の大空港』を元ネタにしているだけに、オリジナルを主張するのはおこがましいという思いがあったのか、日本側から問題視することはなかった。

プロデューサーであり、原案を作った坂上順は、「原案権を主張して訴訟を起こすべきだと言う人もいましたが、岡田社長が『やめておけ』と。僕としては原案がハリウッド映画にピックアップされたのは、ひとつの勲章じゃないかとさえ思っているんですよ」(「関根忠郎の映画惹句術」)と語っている。

トラブルを大きくしなかったのは、『スピード』公開直後にヤン・デ・ボンがハリウッド版『GODZILLA』の監督に就任し、高倉健の出演が予定されており、テスト撮影が行われていたことも無関係ではないかもしれない (後にヤン・デ・ボンは降板、高倉の出演もなくなった) 。

『新幹線大爆破』への再評価は、海外だけでなく、国内でもTV放送を通じて広がっていった。初放送は1977年10月10日、TBS系の「月曜ロードショー」を予定していた。これは、その月から放送が開始される高倉健にとって初の連続ドラマ主演作「あにき」の宣伝の意味合いがあったが、放送直前に不穏な事故が相次いだ。

9月27日、「日本航空クアラルンプール墜落事故」が発生し、乗員8名、乗客34名が死亡。その翌日には日本赤軍による「ダッカ日航機ハイジャック事件」が起き、10月3日かけて緊迫した状況が続いた。超法規的措置によって身代金600万ドルが支払われ、犯人側の求めるままに収監中の受刑者を釈放した。

このタイミングで『新幹線大爆破』をTV放送することに不穏当という声が局の内外で上がり始めた。TBS広報室は、「視聴者センターや、役員室にまで、直接『連鎖反応が起きたらどうする。放映は不謹慎だ!』という抗議の声が集中したんです」(「アサヒ芸能」77年10月20日号)と明かす。最終的に編成局長の決済で放送当日に延期が決まり、「読売新聞」(77年10月10日)には、〈日航機墜落事故及びハイジャック事件が発生した状況を考慮してTBSテレビでは今晩の「月曜ロードショー」で予定していた映画「新幹線大爆破」の放送を延期することに致しました〉という断りが掲載され、ソフィア・ローレン主演の『ひまわり』へと差し替えられた。

テレビ初放送が実現したのは1978年4月24日。同じく「月曜ロードショー」枠で放送され、視聴率は32.4%を記録し、当時の日本映画のテレビ放送においては『犬神家の一族』(1978年1月16日放送)の40.2% に次ぐ記録となった。

ところで、国鉄が危惧した模倣犯は現れなかったのだろうか。筆者が確認した限りでは、一例だけ存在した。1976年11月20日の午後5時頃、京都市山科区内の新幹線東山トンネル入口から東へ約370メートル進んだ線路上に、重さ25キログラム、長さ2.2メートル、15センチ角の木材が投棄されているのを新幹線安全確認車が発見し、除去した。犯人は17歳の少年で、高校受験に失敗し、大阪でコック見習いなどをしていたが、職業を転々とした末に家出。山科区内の商店で働いていたが、給与面での不満もあり、何か面白いことがないかと考え、以前観た『新幹線大爆破』を思い出し、新幹線転覆を企てたという。

意外なところで本作の名前が挙がったこともある。「週刊宝石」(99年8月19・26日号)のスクープ記事によると、北朝鮮の諜報機関が『新幹線大爆破』のビデオを日本から取り寄せ、日本へ潜入する工作員に必ず観せているというのだ。元工作員のA氏が記事内で詳細を語っている。曰く、「2度目に日本潜入した直後、例の『新幹線大爆破』を観せられた。上司の話では金正日領導様から『ビデオを必ず観せろ』とのご命令があった、とのことだった。私はそのとき、金正日は日本でテロをやる気だなと察知した」。

どこまで信憑性がある話なのかは不明だが、『新幹線大爆破』は映画好きで知られる金正日の2万本とも言われるコレクションの1本だそうである。

こうした事例を、『新幹線大爆破』への上映中止を求める声の根拠とすべきだろうか。それとも映画の完成度の高さがもたらした余波と見るべきだろうか。答えは、実際に映画を観ることで明らかになるはずである。

興行面では必ずしも大成功とはならなかったために、東映の新たな〈路線〉とはならなかった『新幹線大爆破』。だが、この東映新幹線は、半世紀にわたって疾走を続け、今も速度を緩める気配がない。それどころか、Netflix版『新幹線大爆破』の登場で、いっそう輝きを増しているかのようだ。 

文・吉田伊知郎
素材提供:東映

 

映画『新幹線大爆破』

9時48分、約1500人の乗客を乗せた新幹線ひかり109号博多行は、定刻どおり東京駅19番ホームを発車した。列車が相模原付近に差し掛かった頃、国鉄本社公安本部に、この109号に爆弾を仕掛けたという電話が入った。特殊発火装置を施した爆弾は、スピードが80km以下に減速すると自動的に爆発するという。止まることのできないひかり号は、東京から博多までの1100km超をノン・ストップで疾走する。緻密な計画のもと500万ドルを要求し着々と計画を実行する犯人・沖田と、捜査当局との息もつかせぬ駆け引き、そして運転司令室の頭脳操作……。逃げ場のない極限状態の中、犯行グループ、警察、国鉄職員、乗客、それぞれの人間模様がドラマチックに展開し、全国民が注目する中、列車は驀進する!

監督:佐藤純弥

出演:高倉健、千葉真一、山本圭、織田あきら、竜雷太、田中邦衛、郷鍈治、川地民夫、宇津宮雅代、藤田弓子、藤浩子、松平純子、多岐川裕美、志穂美悦子、志村喬、山内明、渡辺文雄、永井智雄、鈴木瑞穂、丹波哲郎、宇津井健

© 東映

1975年7月公開

Amazon Prime Video / Netflix / U-NEXT / HULU にて配信中

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