Aug 07, 2025 column

ついにインドへ進出!!『映画クレヨンしんちゃん 超華麗!灼熱のカスカベダンサーズ』は相互理解とアイデンティティー回復の物語である

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ボーちゃんの鼻水=アイデンティティーの回復

この作品でもうひとつ特徴的なのは、カスカベ防衛隊のなかでも地味キャラだったボーちゃんが、影の主役といっていいくらいの存在感を放っていることだろう。

これまでボーちゃんは、常に寡黙でマイペースなキャラクターとして描かれてきた。自由奔放なしんのすけ、プライドの高い優等生キャラの風間くん、現実主義者のネネちゃん、臆病で泣き虫なマサオくんといったクセ強キャラに比べると、表立って活躍する回数は少なかったかもしれない。しかしそのどこか飄々とした雰囲気は、唯一無二。カスカベ防衛隊のバランスを保つ上で欠かせない存在だ。そんなボーちゃんが、邪悪な“紙”の力によって圧倒的なダンス・スキルとパワーを持つ暴君(ボーくん)となり、「これが本当の私だ」と豪語する。

特定のアイテムが、個人の性質を変えたり、特別な力を与えたりする物語は多く存在する。例えば、ワーグナーの楽劇で有名な「ニーベルングの指環」は、指環を身につけた者が世界の支配者となる一方で、愛を捨てる(=人間性を失わせる)代償を払わなければならなかった。J・R・R・トールキンの小説「指輪物語」に登場する指輪は、この系譜に連なるものといっていいだろう。邪悪な力を宿す指輪は、所有者に透明になる能力を与えるが、同時にその精神を蝕み、破滅へと導く。

「ジョジョの奇妙な冒険」の石仮面、「魔法少女まどか☆マギカ」のソウルジェム、「呪術廻戦」の宿儺の指も、神話・伝説に端を発する「強大な力を有した呪いのアイテム」の亜種といえる。だが本作における邪悪な“紙”は、おそらくそれらとはやや趣きが異なる。

ボーちゃんは、いつも鼻水を垂らしているのんびり屋。鼻水は彼の個性を表象する、アイデンティティーそのものといえる。しかし、邪悪な“紙”の力によって目覚めた暴君(ボーくん)からは、トレードマークである鼻水が消え去ってしまった。つまりこれは、アイテムが力を与える代償として呪いをかけるのではなく、個人のアイデンティティーそのものを破壊し、乗っ取ってしまうという、より深刻なテーマを描いていると解釈できる。

しんのすけは暴君(ボーくん)と化したボーちゃんを元通りにするため(=アイデンティティーを回復させるため)、最後の決戦に挑む。彼は変わり果てたボーちゃんを否定したいのではなく、以前のように遊びたい(=連帯を結びたい)からこそ、戦うのだ。ダンスシーンが相互理解のツールとして登場したように、ここにも連帯というテーマがはっきりと打ち出されている。 『超華麗!灼熱のカスカベダンサーズ』は、インドを舞台にした、相互理解とアイデンティティー回復の物語だ。多様性が否定されがちな現代社会において、この作品が訴えかけるものは非常に大きい。しんのすけのお尻プリプリダンスのその先にあるものは、大きな希望なのである。



文 / 竹島ルイ

作品情報
映画『映画クレヨンしんちゃん 超華麗!灼熱のカスカベダンサーズ』

インドにあるムシバイが春日部と姉妹都市になったことを記念して、「カスカベキッズエンタメフェスティバル」が開催されることになった。そのダンス大会で優勝するとインドに招待され、さらに現地のステージで踊ることができると聞いたしんのすけと、カスカベ防衛隊の5人は力を合わせ、ダンス大会で優勝しインドへ出発する。インド観光を満喫する中、怪しげな雑貨店に入ったしんのすけとボーちゃんは、そこで「鼻の形」に似たリュックサックを見つけ購入する。しかし、そのリュックサックには、とても恐ろしい秘密があった。偶然にもリュックサックから出ていた「紙」を鼻に刺してしまったボーちゃんは、邪悪な力に導かれ【暴君(ボーくん)】となり大暴走。豹変してしまったボーちゃんは、世界をも揺るがす脅威の力を手に入れてしまう。はたして【暴君】となったボーちゃんを、しんのすけたちは止めることができるのか。

監督:橋本昌和

原作:臼井儀人(らくだ社)/『まんがクレヨンしんちゃん.com(https://manga-shinchan.com)』(双葉社)連載中/テレビ朝日系列で放送中

声の出演:小林由美子、ならはしみき、森川智之、こおろぎさとみ、真柴摩利 ほか

声の特別出演:賀来賢人・バイきんぐ

配給:東宝

©臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2025

2025年8月8日(金) ロードショー

クレヨン公式サイト shinchan-movie