Mar 11, 2017 column

笑いだけじゃない!『スーパーサラリーマン左江内氏』が描く、現代的生き方のススメ

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各民放ドラマが苦戦を強いられる中、『スーパーサラリーマン左江内氏』(日本テレビ系)が高い評価を受けている。

天才漫画家、藤子・F・不二雄が40年前に描いたSF漫画『中年スーパーマン左江内氏』を、『勇者ヨシヒコ』シリーズで知られる福田雄一が堤真一を主演に迎え独自のタッチで手掛けた『左江内氏』。スタート前、コアな藤子ファンでなければ存在を知らなかった作品の映像化ということで、不安との声が上がったことも。しかし、蓋を開けてみれば初回から12.9%という高視聴率をたたき出し、以降も安定した数字を記録。twitterを覗けば幅広い年代から絶賛の声が上がっている。

多くの視聴者を虜にしているのは、まさに“福田流”としか言えない、全編に漂う“笑い”のエッセンスのちりばめ方だろう。

他局ドラマ(『逃げるは恥だが役に立つ』、『勇者ヨシヒコ』シリーズ)のパロディに、佐藤二朗、ムロツヨシ、そして狂気的な部下・池杉を演じる賀来賢人による過剰なまでのアドリブ合戦、セリフや小道具の端々に詰め込まれた小ネタ……と、作劇として破綻一歩手前レベルのギャグ、パロディ、メタフィクションネタがところ狭しと暴れている。 原作エピソードを下敷きにしつつも、“とぼけた味わいの笑い”が全編を占めるほぼオリジナルの展開となった『左江内氏』。しかし原作の根底に流れる家族愛や、自身の正義の在り方、現代社会での生き方といったテーマも同時に丹念に描き、さらに見事福田流に昇華させているのが、今作の最大の注目ポイントとなっている。

中でも白眉となったのは近作となる第7話(2月25日放送)、第8話(3月4日放送)だ。

第7話、これまでごく些細ながらも数々の事件を解決し、ヒーローとしての自覚が芽生えてきた左江内はある日、他国で起こった凄惨なテロ事件のニュースを知り「市井の平和は守れるのに、世界は救えない」とヒーローとしての自分に絶望してしまう。だがクライマックスで、とある理由でスーパースーツを奪った銀行強盗(間宮祥太朗)が暴走すると、左江内はスッピンの状態で止めようとする。ボロボロに痛めつけられながらも「お金をもらうためにサラリーマンがどれだけ頑張っているか。だから返しなさい」という、等身大の正しさで迫る左江内。力及ばず大きなことは守れないかもしれない、しかし例え小規模のことだとしても守ることは同じ正義。正義には色々な形があると左江内は気づくとともに、行動で示したのだ。

第8話では左江内と同様のスーパースーツを持ったOL・桃子(永野芽郁)が登場。力を使い人々を守るという与えられた責任に辟易とし、自殺未遂を繰り返す桃子。彼女に向かい「責任はそこまで考えなくていい、仕方なくやっていればそのうち慣れるから」と、脱力極まりない左江内流の世渡り方で励ます。肩肘張らずにノンビリと、ただ使命感だけは持って自分なりにやっていこう、という現代のブラック企業的社会を乗りこなす指南とも聞こえるこの発言。ラスト、この言葉に感化された桃子は左江内氏のピンチに駆けつけ助ける、自分なりのペースで頑張るという答えを見出して。

多分にぶち込まれた笑いが照れ隠しにすら見えるほど、この生きづらい社会での自らの在るべき姿をこの2話では真摯に描いている。しかしシリアスになりすぎず、しっかりと爆笑の渦へと叩きこむ。ここが福田版『左江内氏』の何より素晴らしい点だ。

原作が開始した1977年は高度経済成長も終焉し、徐々に石油危機、冷戦の影、爆発的な人口増加といった将来への不安が漂い始めていた年でもあった。そうした広がる社会的不安の中で生きる人々の葛藤や幸せの形を藤子・F・不二雄は『左江内氏』でドライな笑いに変えて描きだした。それから40年後の2017年、時代は新たな危機に直面している。 たとえ辛いことがあってもユルリと笑い飛ばそう!という福田版『左江内氏』は、オリジナルとは違えど根底にある目線は藤子・F・不二雄先生と一緒なのだと、視聴して感じた。

残り2話、最終回へと加速していく『左江内氏』。最終話が仮に原作通りなら、左江内氏はとてつもない挫折を経験することになる。心打ちひしがれる左江内がどう奮い立ち、そして見事大爆笑を生み出すのか? 楽しみに放送を待ちたい。

文/ますだやすひこ

原作本紹介

『中年スーパーマン左江内氏』藤子・F・不二雄/小学館 

どこにでもいる普通の中年サラリーマン左江内氏は、ある日謎の男から突然スーパーマンに変身できるスーツを渡されたことで、平和を守るヒーローとして活動することに。しかし、舞い込む事件はどれも小規模なものばかり。事件、家庭、会社に振りまわされる左江内氏が、正義の在り方について葛藤していくさまを悲喜こもごも描いていく。

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藤子・F・不二雄作品 その他のオススメ本

『パーマン』(02)藤子・F・不二雄/小学館 

藤子・F・不二雄作品の元祖スーパーヒーローと言えば『パーマン』。主人公・ミツ夫が学校とヒーロー活動の挟間で揺れるという内容はプレ『左江内氏』といった趣。中でもミツ夫がヒーローとしての自己を失い辞めようとする「パーマンやめたい」、左江内氏との縁深いパーやんが登場する回を収録した第2巻は、どちらのファンも必読。

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