Mar 19, 2026 column

映画『プロジェクト・へイル・メアリー』緻密に設計されたSF超大作に乗せた制御できない人間らしさ

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『プロジェクト・ヘイル・メアリー』とロード&ミラーの相性

アンディ・ウィアーの原作小説には、ロード&ミラー作品との決定的な共通点がある。それは、「ごく普通の主人公が、思わぬ世界の危機に立ち向かう」という構造だ。『LEGO® ムービー』(2014)のエメットはマニュアル通りの毎日をこなす建設作業員で、『スパイダーマン:スパイダーバース』シリーズのマイルス・モラレスは日々の生活に悩む思春期の少年。物語は彼らが他者と出会い、世界を新しく知ることで動き出す。目の前の関係が、やがて想像を超える問題に接続され、大いなるスペクタクルが立ち上がるのだ。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のグレースは天才的な頭脳の持ち主ゆえ、過去作と同じ「ごく普通の主人公」とは言えない部分もある。しかし、ロード&ミラーが科学描写を思い切って削ったことが、彼を「ごく普通」の存在に近づけた。原作のグレースが饒舌に知識を語るストーリーテラーだとしたら、映画のグレースは自らの天才性をアピールしないどころか、自己肯定感の低さすら感じさせる「普通の中学教師」なのだ。

彼は、自らの身に次々と降りかかる出来事にいちいち驚き、おびえ、喜ぶ。危機とミッションを体験する様子をそばで見つめるうち、観客には、グレースの「ごく普通」の部分——それは私たち観客とも重なるところだ——がよくわかってくる。

そんなグレースと関わる“他者”が、彼と同じ危機に取り組んでいた異星人のロッキーだ。ふたりは出会ってすぐ、お互いが宇宙を救うために欠かせない存在であることを悟る。言語や文化を超え、どのように相手と関わるのか。いかに気持ちを通わせ、友情を築くことができるのか。そんなちっぽけな友情譚が、ふたりの存在をはるかに超えた問題を解決するためのカギになる。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、まさしく彼らのフィルモグラフィにみごと連なる一作だ。設定や構造は重たく複雑だが、ロード&ミラーは、緻密な記述を解きほどく原作の読書体験を、得意のユーモアとリズム感で“軽やかに爆走する”映画体験に変換。さらに、同じくウィアー原作の『オデッセイ』だけでなく、『インターステラー』(2014)や『ゼロ・グラビティ』(2013)といった宇宙SF映画をミックスするような手つきで、目を見張る宇宙活劇へと映画のスケールを押し広げた。