Dec 31, 2017 column

なぜ『コクソン』と『新感染』は大ヒットしたのか? 2017年の話題作2本を解説する!

A A
SHARE

そして、ヨン・サンホ監督の『新感染/ファイナル・エクスプレス』。こちらは2016年の韓国で最大のヒットを記録した。驚くべきことにヨン・サンホはこれが初の実写作品。長編アニメーション3本のあとに本作を手がけたという驚きのキャリアの持ち主である(日本の庵野秀明が『シン・ゴジラ』で成果をあげるまで、いったい何本の実写映画で試行錯誤を繰り返し、四苦八苦してきたかを思い起こしてほしい)。そのうちの2本『パンデミック ソウル・ステーション』『我は神なり』も今年連続公開された。いずれもバリバリの社会派作品だ。『新感染』の前日譚にあたる『パンデミック』は『新感染』同様、ゾンビものだが、主人公はホームレスであり、社会に対する深い洞察と鮮やかな批評性がある。また『我は神なり』では宗教詐欺の顛末を描きながら、騙す者と騙される者との自己同一性を、ダムによって消え行く村の運命に重ね合わせて描いた。ところが『新感染』では一転、明快なエンタテインメントを完成させ、大成功に導いた。

ゾンビが大量発生、さらに増殖を重ねている世界が舞台。韓国の新幹線に相当する高速鉄道KTXを物語の主戦場に選び、この「疾走する密室」に純然たるパニック・ホラーと、エゴイズムと自己犠牲が織りなすモザイク人間ドラマを盛り合わせ、その活劇性(一直線にしか走れない列車という乗り物の限界を巧みに用いて、ギリギリのスリルをもたらした)と情緒(唾棄すべき存在と、窮地で発揮される人間力の混合こそが人間世界の味わいなのだという一種の確信)のいずれもが相殺されることなく、対等に渡り合い並走する(まさにデッドヒートだ)様は圧巻と言うしかない。

 

『新感染ファイナル・エクスプレス』© 2016 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & REDPETER FILM.

 

「家に帰りたくても帰れない」
私たちはみんなホームレスだったのだ。

 

だがこれは才人がテクニックを駆使しただけの作品には留まらない。確かにフォーマットは娯楽に徹している。一定のカタルシスも用意されている。パニック群像劇にふさわしい「浄化」すらそこには在ると言えるかもしれない。だが、ヨン・サンホはゾンビという畏怖すべき存在を「家に帰りたいのに帰れない」故郷喪失者のメタファーとして密やかに扱っている。声高に叫ぶことはせず、登場人物のひとりにホームレスを紛れ込ませる(『パンデミック』よりはるかにひっそりと)。言ってみれば、この映画に登場する者たちは全員、ホームレスという悲劇の真っ只中を生きているのだ。そして、日本人であれば、あることを思い出すかもしれない。2011年3月11日、大震災によって、故郷を喪ったこと、家族を喪ったこと、家を喪ったこと、そして、かつての日本を喪ったこと。さらに直截に言えば、帰宅難民になったこと。わたしたちはみんな「家に帰りたくても帰れない」ホームレスだったのだ。
ヨン・サンホがアニメ作品でも根気よく積み上げてきたホームレスという主題へと辿り着いたとき、娯楽であったものはアートへと到着している。『新感染』の原題は「釜山行き」だが、なるほど、これは「娯楽発、アート着」の暗喩だったのかもしれない。

『コクソン』は作品のステージが刻一刻と変化していく「成長する」映画だった(幼虫が蛹になりやがて羽ばたいて飛び立っていくような)が、『新感染』はハイブリッド(混血)による「新しい古典」(正統派と異端のコンフュージョンでもある)の誕生だった。両作に共通しているのは、異なるジャンルの越境であり、横断である。そして『コクソン』がそうであったように『新感染』にも、痛快であれば、いかに無謀な試みであっても許される「自由」、面白ければ、いかに困難な挑戦でも突破できる「可能性」の提示があった。
もし、日本においても『コクソン』と『新感染』が共に支持されたのだとすれば、アートと娯楽が拮抗する「自由」、そしてアートと娯楽がデッドヒートを繰り広げる「可能性」を、わたしたちが嗅ぎ取っていたからではないか。それは、観客の本能として圧倒的に正しい。2017年は歴史に残る2本によって、オーディエンスの野性が復興したルネッサンス・イヤーだったとここに断言しておく。

文/相田冬二

 

作品紹介

 

『哭声/コクソン』

『チェイサー』『哀しき獣』などのナ・ホンジン監督の異色サスペンス。とある田舎の村にやってきた、得体の知れないよそ者の男。男が何の目的でこの村に来たのかは誰も知らない。村じゅうに男の噂が広がる中、村人が自身の家族を虐殺する事件が多発し始める。この事件を担当する警官ジョングはよそ者を追い詰めるが、さらなる混乱を巻き起こしてしまう。國村隼がよそ者の男を演じ、韓国の映画賞・第37回青龍映画賞で外国人俳優として初受賞となる男優助演賞と人気スター賞のダブル受賞を果たした。
監督:ナ・ホンジン 出演:クァク・ドウォン、ファン・ジョンミン、國村隼、チョン・ウヒほか。
2016年/韓国/156分(配給:クロックワークス)
http://kokuson.com/

 

『新感染 ファイナル・エクスプレス』

ソウルとプサンを結ぶ高速鉄道の中で発生した謎のウィルスの感染拡大による恐怖と混沌と人間ドラマを描いた韓国製サバイバルパニックアクション。感染者に捕らわれれば死も同然という極限状態の中で、生き残りをかけて決死の戦いに挑む中、主人公のソグ親子のほか、妊婦と夫、野球部の高校生たち、身勝手な中年サラリーマンなど、さまざまな乗客の人間ドラマを描く。韓国のアニメーション界で注目を集めてきた新鋭ヨン・サンホ監督が初めて手がけた実写長編映画。2018年1月24日からブルーレイ&DVDが発売予定。
監督:ヨン・サンホ 出演:コン・ユ、チョン・ユミ、マ・ドンソク
2016年/韓国/118分(販売:ツイン)
http://shin-kansen.com