Aug 23, 2024 column

『モンキーマン』立ち上がる弱者の復讐劇にみるマンガ思考

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マンガ的で社会風刺

主人公キッドが、なぜモンキーの仮面をかぶっているのか。それはインド神話における神猿ハヌマーンに由来する。知恵、強さ、勇気、献身、自由の象徴であるハヌマーンは西遊記の孫悟空のモデルになったとされている。

これを知っていると『モンキーマン』が少年ジャンプ的にも見えてくる。

孫悟空が主人公の「ドラゴンボール」はもちろんだが、「ONE PIECE」のモンキー・D・ルフィもハヌマーンが元ネタとも言われている。

デヴ・パデル監督自身、「現代のコミックが東洋哲学にインスピレーションを得ていることに驚いた」と発言していることからも、本作におけるコミックヒーロー像は意識的だったのかもしれない。

主人公に宿敵がいる。戦いに敗れ、強くなるために修行する。その過程で仲間が増えていく。そしてある日、悟りを開いたかのように覚醒する。こう書くと『モンキーマン』も非常にマンガ的でわかりやすい。

宗教観に加え登場人物の背景など順序立てた説明を省いている。しかし、この映画は明確ではないが、明瞭なストーリー展開なのだ。だからマンガを一気に読むような感覚で鑑賞できるのだ。

しかし、少年マンガ的要素だけでは終わらない。
『モンキーマン』は復讐を遂げるための物語。根源的に怒りがある。
それは宿敵に向けたものだけでなく、社会構造全体へ向けたもの。それは時折挟み込まれるニュース映像で明らかだ。

インドにおける貧困差別問題、売春、ドラッグ、公職による不正といった都市部の腐敗。

BRICSと評され世界が注目し成長著しいインド。舞台は架空の都市としているものの、これからどんどん豊かな国になるんだろうなというイメージは、まやかしのインドだという風刺が随所に盛り込まれている。

劇中の虐げられている女性をはじめとした弱者たちは「助けて」とは言わない、言えないのだ。声にならない声が、その表情を見るだけで十分伝わってくる。しかし弱者たちも声を上げて戦わなければならない。過去を壊さないと成長はないのだ。

デヴ・パテルを世界的に有名にした『スラムドッグ$ミリオネア』。この作品もスラム育ちの青年が身の潔白を主張する姿を通じてインド社会の現実を描いたものだった。ムンバイ同時多発テロの際、人質となった宿泊客を救おうとしたホテルマンたちの姿を描いた『ホテル・ムンバイ』で出演兼製作総指揮を経て、今作がロンドン生まれの褐色の俳優の初監督作品となった。歌や踊りはないが『モンキーマン』は紛れもなくインド映画だ。

デヴ・パテルは「弱者のための賛歌を作りたかったんだ」と言う。

だから、神が許してもモンキーマンは許さない。
このどうしようもない世の中に誕生した怒れるヒーローを、そのエネルギーに満ちた熱狂を、スクリーンで感じてほしい。


文 / 小倉靖史

作品情報
映画『モンキーマン』

母を殺されたキッドは、夜な夜な開催される闇のファイトクラブで猿のマスクを被り、「モンキーマン」を名乗る“殴られ屋”として生計を立てていた。人生のどん底で、過去のトラウマと戦い、苦しみながら生きてきた彼は、ある日自分から全てを奪ったヤツらのアジトに潜入する方法を見つける。何年も押し殺してきた怒り、母と自分の人生をめちゃくちゃにしたヤツらへの復讐を誓った彼の目的はただ一つ「ヤツらを殺す」。凄まじい衝動と熱量で‟ヤツら”を追い込んでいく姿はまさに【復讐の化神〈モンキーマン〉】。今、彼の人生をかけた壮絶な復讐劇が幕を開ける。

監督・脚本・主演:デヴ・パテル

配給:パルコ、ユニバーサル映画

©Universal Studios. All Rights Reserved.

公開中

公式サイト monkeyman