Jun 09, 2023 column

タイトルの意味も描かれる恋も語りたくなる映画『水は海に向かって流れる』

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広瀬すずのターニングポイントとなる作品

そんな彼女のターニングポイントとなるのが、この『水は海に向かって流れる』ではないかと思うのだ。撮影時の年齢は23歳、役の設定は26歳。実年齢よりも大人の役ではあるけれど、少し前に、映画『流浪の月』で運命に翻弄される女性の恋愛を演じていることもプラスに働いているはず。また、ドラマ「ネメシス」ではアクションを披露するなど、少しずつ既存のイメージから抜け出すきっかけとなりうる作品に挑んでいる。そして、榊さんという役で完全に大人の女性を演じられる女優になったのではないかと。そんなふうに広瀬すずの変化を感じる映画でもある。

前田監督は、こう語っている。「彼女がもともと持ち合わせているであろう、晴天のようなカラッとした人間性が、どうしてもこの映画には必要だった。湿っぽさを感じさせない、潔さ、清々しさ、そういったのものを、水がすうーっと染みわたるように伝えてくれると思いました」。可愛い広瀬すずというよりも美しい広瀬すずであり、晴天のようなカラッとした人間性によって、榊さんという女性が美しく映る。ここで言う美しさとは、じめっとしていないという意味での美しさだ。榊さんと直達くんに降りかかった理不尽な出来事は、もしも自分だったら‥‥と考えると、どう向きあっていいのか分からないだろう。それでも、不幸を背負っていながらも淡々と生きている榊さんは、やはり魅力的。直達くんが恋をしてしまうのも無理はない。広瀬すずと大西利空のバランスがどんぴしゃだったこと、それは前田監督の粘りでもある。何度もオーディションを行い、直達くん役の大西利空に辿り着いたのだから。

2人のシーンはどのシーンも印象的だが、なんていいシーンなのだろうと心を奪われたのは、直達くんが榊さんに泣きながら感情をぶつける場面。詳しくは書かないが、榊さんの怒りを代弁するかのように、直達くんが「榊さん傷ついているじゃないですか、怒っているじゃないですか、俺は怒りたい」と語るシーンの2人が素晴らしい。一方は、ありったけの感情を吐きだし、もう一方は、それを受けとめる。受けとめながらも、本当は自分が傷ついていること、怒っていることを突き付けられて、自分の感情と直達くんの感情が榊さんの身体をかけめぐる。でも、言葉にはならない。そして、気持ちを整えて部屋を出るときの榊さんが、演じる広瀬すずが、本当に美しい。息をのむほど美しいのだ。

映画を観る前に入れる情報において物語のあらすじは触れる程度でいいと思っているが、ほんの少し物語に触れておくと──高校進学が決まって、直達くんは叔父の家に居候することになる。その家は正確には叔父の家ではなくシェアハウス。そこには、脱サラした漫画家の直達くんの叔父さん、女装の占い師、海外を放浪している大学教授、そして榊さんが暮らしている。榊さんと直達くんには、冒頭で説明したように、過去に思いもよらない“ある因縁”があった!という設定だ。このシェアハウスで暮らす人たちは、個性的というかミステリアスな曲者揃い。加えて、シェアハウス自体もカラフルでどこかファンタジー的。そこにもちゃんと意図がある。前田監督が言うには、それは榊さんにとってシェアハウスが過去からの逃避のような場所であり、榊さんの現実と対比させるための仕掛けのひとつなのだそう。

ここでもう一度、タイトルについて考えてみたい。この映画は、雨で始まって雨で終わる。榊さんと直達くんが出会った日の雨は、どんな雨で、どんなふうに流れていくのか、2人に降り注ぐ雨がどんなふうに変化していくのか、雨の描写は榊さんの心情を表しているようでもある。途中にも雨のシーンはある、海のシーンもある。雨や海のシーンごとに2人の距離が変化していくことも、この映画らしさだ。水は海に向かって流れる、という言葉の意味を、描かれる恋を、語りたくなる映画であることは間違いない。

文 / 新谷里映

作品情報
映画 『水は海に向かって流れる』

高校への通学のため、叔父の家に居候することになった直達。だが最寄りの駅に迎えにきたのは不機嫌そうな顔をする見知らぬ大人の女性、榊さんだった。案内された家の住人は、親に黙って脱サラしたマンガ家(叔父)、女装の占い師、海外を放浪する大学教授、そしてどこか冷めていて笑わない26歳のOL榊さん‥‥と、いずれも曲者揃い。そこに高校1年生の直達を加えて、男女5人ひとつ屋根の下、奇妙なシェアハウス生活が始まった。共同生活を送るうち、日々を淡々と過ごす榊さんに淡い思いを抱き始める直達だったが、「恋愛はしない」と宣言する彼女と自分との間には思いも寄らぬ因縁が‥‥。

監督:前田哲

出演:広瀬すず、大西利空、高良健吾、戸塚純貴、當真あみ、勝村政信、北村有起哉、坂井真紀、生瀬勝久

原作:田島列島「水は海に向かって流れる」(講談社「少年マガジンKCDX」刊)

配給:ハピネットファントム・スタジオ

©2023映画「水は海に向かって流れる」製作委員会 ©田島列島/講談社

公開中

公式サイト happinet-phantom.com/mizuumi-movie/