スポーツ映画の華である白熱した試合シーンも用意されてはいるものの、映画の大部分が割かれているのは「どうやって金を稼ぐか」。マーティが取る行動はいずれも正攻法には程遠く、なんとも滅茶苦茶なものばかり。最初こそ親戚の靴屋で働くがサイズの合わない靴を客に無理やり売りつけたり、不倫関係にある恋人レイチェル (オデッサ・アザイオン) をバックヤードに連れ込んでイチャついたりと問題行動連発で、その後も引退した有名女優ケイ (グウィネス・パルトロウ) に言葉巧みに取り入ったり (シャワーを浴びながら愛し合うシーンでこっそりアクセサリーをかすめ取ろうとするシーンの狡いこと!)、素性を隠して遊技場に繰り出しては賭け試合で一般人から金を巻き上げたり (結局バレて大変な目に)、ヤクザ者の飼い犬を保護して謝礼金をせしめようとしたり (こちらも散々な目に)、ちっとも真面目に堅実に金を作ろうとしない。このマーティという男、どこまでも夢見がちな野郎なのだ。そんななかレイチェルの妊娠が発覚し、卓球協会からも忌み嫌われ、マーティは自分の蒔いた種でどんどん苦境に陥っていく。


ここで思い出すのが、サフディ監督がベニーと共に手掛けてきた映画の数々だ。愛する人以外はどうでもいいジャンキー少女の暴走を描いた『神様なんかくそくらえ』、底辺生活から抜け出そうとする兄弟が銀行強盗を計画するが雪だるま式に事態が悪化する『グッドタイム』、借金まみれの宝石商が怪しい取引に巻き込まれる『アンカット・ダイヤモンド』と、いずれも「金がない」×「犯罪に手を出す」=「ヤバい事態に陥る」という負の方程式で構成されている。だが実に興味深いのは、シリアスな状況になるほど反比例して登場人物の生命力が上がり、画面が生き生きしてくること。カオスな熱量が満ち始め、作品の引力が強まっていくのだ。本作はサフディ兄弟ではなくジョシュの単独監督作だが、“お家芸”とでもいうべき特性が一層洗練された印象を受ける。特に大きいのは、痛々しさの薄さ――すなわち主人公のタフさであろう。『君の名前で僕を呼んで』『DUNE』シリーズを筆頭にナイーブな青年を演じることが多かったシャラメが何とも楽しげに悪童を演じ切っており、災難の数々を観客にとっての娯楽に変えてしまう。『レディ・バード』や『HOT SUMMER NIGHTS/ホット・サマー・ナイツ』での勘違いイケメン像を究極進化させたようにも見えるが、観る者が決して「自業自得でしょ」と嫌悪を抱かずにあまつさえ応援したくなってしまう「憎めない男」ぶりが秀逸だ。
マーティは過激なジョークも飛ばすし、傲岸不遜で青臭い。スポーツマンシップからは程遠い人物なのだが、どれだけ旗色が悪くなろうとも己がこれと信じた「卓球」という道を絶対にあきらめず、猛然と突き進んでいく。その姿勢は、果てしない自己肯定ともいえるだろう。決して裕福ではない自身の生まれを憎んだり、練習に集中できず金策に走り回らねばならない状況にイラついたり他者をうらやむことはあろうとも、常に自分の可能性を信じるハングリー精神。観客の多くがその部分に共感し、羨望するからこそマーティが道化のような前座をさせられたり、既得権益に尊厳を踏みにじられるシーンにはふつふつと怒りが込み上げてくるし、完全アウェーの状況で観戦者たちを味方にしていくクライマックスの試合シーンには自然とカタルシスが生まれてくる。本作は、マーティを面白がっていた我々が、いつしか自分たちの代表として認めていく映画なのだ。


ひとつ、象徴的なシーンがある。ケイの舞台稽古にもぐりこんだマーティは、若手俳優に「ナイフの持ち方がなっていない。本物はこうだ」と指南する。彼の生育環境がうかがえる場面であり、自分では選べないガチャ的な《現実》を、芝居という《架空》でのリアリティという武器へと変換した瞬間でもある。『マーティ・シュプリーム』はオープニングからしてふざけた演出で遊びまくるし (これはちゃんとした伏線なのだが、初見時のインパクトは絶大だろう)、お行儀がいいとは言えない映画ではあれど、現実の非情さや残酷さ自体に誇張はない。マーティは常に、必死で、自分の手で逆境を打ち返し、奇跡を起こそうとしている。そんな彼が最後に選んだ答えとその表情には、作品の主題が凝縮されている。これは見下され続けた“持たざる者”が己の信念を貫き、誰にも文句は言わせない自分だけの人生を手に入れる旅路だったのだ。
文 / SYO

NYの靴屋で働きながら卓球で世界一の選手を夢見るマーティ・マウザー。世界選手権で敗れた日本人選手エンドウに勝ち、世界一になるため日本を目指す。不倫相手のレイチェルが妊娠、卓球協会からは選手資格はく奪、資金は底をつき、あの手この手で遠征費用を集めようとするが‥‥。マーティが見つけた”夢より大事なもの“とは。
監督・脚本:ジョシュ・サフディ
出演:ティモシー・シャラメ、グウィネス・パルトロウ、オデッサ・アザイオン、ケビン・オレアリ―、タイラー・オコンマ(タイラー・ザ・クリエイター・ラッパー)
配給:ハピネットファントム・スタジオ
© 2025 ITTF Rights LLC. All Rights Reserved.
2026年3月13日(金) TOHO シネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
公式サイト martysupreme