ホラー映画と女性目線
物語の冒頭は、ケイディと両親が雪道で交通事故にあうシーンから始まる。まずこの導入がいい。
車内でタブレットで操作できるおもちゃ”ペッツ”に夢中のケイディを叱る母親、その教育について議論する父親。そんな中不貞腐れるケイディ。どこの家庭でもある光景が映し出される。
あぁ、昔「ゲームは1時間まで!」とか「ゲームボーイを車でやるな」とか言われたなと思う人もいれば、「私も子供の相手をiPadに任せたりしてるな」と思う母親もいるだろう。つまりこの導入は、ファミコンやゲームボーイ、iPhone、iPadを利用する、その延長線上にあるということをサラッと分からせてくれるのだ。
そしてそのペッツの開発者であるジェマが、姪のケイディの世話をすることとなる。独身のキャリアウーマンに突然降りかかる保護者の役目。しかも子供はトラウマを抱え込んだ状態。何をしていいのか、何が正解なのかわからない、でも仕事はしなければならない。こんな状況もある意味、恐怖だ。そこで彼女は、責任を逃れ、寄り添うこともせず、すべての育児を自ら開発中のアンドロイド・ミーガンに託すことにする。
ジェマ、ケイディ、ミーガン。この3人の女性を中心とする本作は、非常に女性的だ。
ミーガンに依存するケイディに対して危機感を覚えたジェマは、彼女たちを引き離そうとするが、「与えておいて奪うの? そんなこと言う資格はない!」とケイディに反抗される。9歳の女の子の芯をつく鋭さ、それにぐうの音も出ない大人の女性。こういった男性ではこの描き方はできないだろうなと思うようなシーンやセリフが多々ある。
この脚本を手がけたのは、『マリグナント 凶暴な悪夢』(2021)、「アメリカン・ホラー・ストーリー:体験談」(2016)などで知られるアケラ・クーパー。40代の黒人女性だ。ホラー系の作品には女性ファンが多く、その重要なターゲット層を獲得するためには、女性的なエネルギーや視点が必要だったというのが、彼女が起用された理由だ。
確かに男性にはハッとさせられる気づきもあるし、女性は登場人物たちのリアルな感情が流れ込んでくるような感覚があると思う。ホラー映画だから怖いんでしょ?といった見方だけじゃない、女性たちのドラマが『M3GAN/ミーガン』にはある。
シンギュラリティと不気味の谷
『M3GAN/ミーガン』は、AIの恐怖、来るシンギュラリティへの警鐘でもある。
シンギュラリティとは人工知能(AI)の世界的権威であるレイ・カーツワイル博士の言葉で、「人工知能が人間の知能と融合する時点」と定義している。いわゆる、AIが人間の脳を凌駕するようになる時点のこと。そしてそのシンギュラリティへの到達は2045年と予想されている。そう、もう近い未来の話なのだ。
AIはあなたのスマホがそうであるように、あなたの情報を取り込み、あなたの好みを学習していく。ミーガンは、プログラムされたケイディの好みを把握するだけでなく、時にはいさめたり、時には気持ちを察し寄り添ったりすることもできる。オンライン接続で、なんでも答えてくれるロボットであり、気遣いのできる友達でもある。こんなミーガンに子供でなくても依存してしまうだろう。圧倒的なテクノロジーへの依存や人間の制御の効かない脅威が描かれている。
恐怖という点で、ミーガンの不気味な容姿に触れたい。これは、ロボットの外見や仕草が、人間らしくなるにつれて、ある時点で違和感や嫌悪感を抱かせるようになるという、不気味の谷現象によるもの。
ターミネーターがホラー的に怖くないのは、まんま人間の容姿のアーノルド・シュワルツェネッガーが演じていたからで、人間に寄せたリアルすぎない容姿のミーガンとは違うところだ。SNSで話題となったヘンテコダンスも、顔は人形っぽいのに動きが人間のように滑らかだから違和感や気持ち悪さを感じる。
このロボットのように動き、踊れて、アクションができて、主役に引けを取らない演技力。これを併せ持ったエイミー・ドナルドがミーガンを演じたのは本作の奇跡だと本当に思う。
そして映像にはVFXを加えるため、俳優は特殊メイクのマスクを装着し、パペット担当者がミーガンの表情とセリフを担い、アニマトロニクスでミーガンとエイミー・ドナルドの演技を完璧に融合させた。異なる専門分野の力が結集したおかげで唯一無二の新しいホラーアイコンが生まれたのだ。