Jun 28, 2024 column

映画『ルックバック』 アニメからマンガへ愛を込めて

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2021年7月にコミック配信サイト「少年ジャンプ+」で発表されたマンガ「ルックバック」。
「チェンソーマン」で知られるマンガ家・藤本タツキ渾身の作品で、公開後24時間で250万回再生を超え、著名なクリエイターたちをはじめ、多くのファンの絶賛の声を集めた。

ひたむきにマンガを作り続ける藤野と京本という2人の少女の姿をみずみずしく描きながらも、読者の胸を刺す青春物語。そんな「ルックバック」が劇場アニメ化され6月28日公開された。

行動力があり勝ち気な藤野役に、TBSドラマ「不適切にもほどがある!」で認知度を上げ、主演映画『あんのこと』(2024)はじめ『ナミビアの砂漠』(2024年9月6日公開) 、『八犬伝』(2024年10月公開予定)と、話題作に出演し続ける河合優実。引っ込み思案だが絵の才能がある京本に、Netflixオリジナルドラマ「今際の国のアリス」(2020)、TBS日曜劇場「ドラゴン桜」(2021)などに出演し、映画、舞台と目覚ましい活躍をみせる吉田美月喜。今注目の若手俳優2人が声を担当する。

本作は6月9日~6月15日に、フランスで開催された世界最大規模のアニメ映画の祭典、アヌシー国際アニメーション映画祭にて正式上映され、国内外から熱い視線を送られている。

『ルックバック』は、紛れもなく劇場で観るべき映画である。
原作を知る、知らないに関わらず、この映像作品をスクリーンで観てほしい。このコラムがそのきっかけとなれば幸いだ。

背中を見て

いつだって中学生だった。藤子不二雄の自伝的マンガ「まんが道」も、原作・大場つぐみ、作画・小畑健よる「バクマン。」も、マンガ家がマンガ家を描いた作品において、行動を起こすのは10代前半からだ。それが思春期における情熱と行動力の証なのだろう。

しかし「ルックバック」は、苦悩しながら前進していく、いわゆる少年マンガの熱い青春譚でなはい。決してスカッとはしない。主人公たちは情熱的な陽キャでもない。はっきり言って読み手を選ぶ作品だと思う。だが、観る者の心を強く掴んで小刻みに揺さぶってくる。

「背中が見せたかった」

原作者の藤本タツキは、制作にあたりこう述べていた。 

「マンガ制作は楽しいことばかりじゃない。淡々とドラマもなく単調であること知ってほしい」

原作にも劇場アニメでも、机に向かうシーンが多用されている。何をしているかわからない、でもわからなくていい。何かに真剣に向き合っている後ろ姿には伝わるものがある。

背中を見て育つ、背中を押す、背中合わせなど、背中を用いた慣用句はたくさんある。この背中というキーワードをもとに『ルックバック』を観ると感慨もひとしおなので、覚えておいてほしい。

また藤本は劇場アニメ化に寄せて、こうコメントもしている。

「自分の中にある消化できなかったものを、無理やり消化する為にできた作品です。描いて消化できたかというと、できたのかできなかったのかはわからない」

先にも書いたとおり、『ルックバック』はスッキリとはしない。加えて説明もしない。読者、観客が想像し感じるものだ。答えの出ない物事に対して考えるたび、モヤモヤした心が晴れることもない。

野暮を承知で本作に補足すると、2019年7月18日に発生した京都アニメーション放火殺人事件を想起させるシーンがある。全世界のアニメ好きを震撼させた痛ましい事件だ。

相米慎二監督の『台風クラブ』(1985)、大林宣彦監督の『異人たちとの夏』(1988)などといったATG(日本アート・シアター・ギルド)にも影響を受けたという藤本が、現時点で裁判が続いている京アニ事件への仕掛けのやるせなさを盛り込んだとしても不思議はない。

また、藤本が好きだというクエンティン・タランティーノ監督が『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)でみせたシャロン・テート事件へのアンサーも本作には見てとれる。

子どもから今に至る背景を振り返ったとき、心の奥深くで燻っていたこと、引っかかっていたことが、あなたにはないだろうか? それを見つめているのが『ルックバック』である。

マンガがアニメになるということ

「ルックバック」は、決してアニメ化に向いている作品ではない。セリフも少なく説明のモノローグもない。映画のエッセンスも入っていてどこか洋画的でもある。

机に向かう背中の画が多い。同ポジ、つまり視点の位置を変えずに、人や物を同じポジションに置いたまま複数カットを連続で見せる手法は、紙媒体など平面で並べると効果的だが、映像となると、同じ構図で少しづつ背景に変化を加えても、大きく画が変わらない。

それが作品の重要な要素だからおろそかにすることはできない。そんな原作を最大限に尊重し、見事なアニメーションをとして映画『ルックバック』を作り上げた監督・押山清高の手腕が素晴らしい。

原作に描かれていないコマとコマの間を繋ぐものを、原作の魅力を損なうことなく、背景で、色使いで、音楽で表現している。

なかでも特筆すべきは、原作読者なら誰もが印象に残っているだろう、京本と初めて出会い、4コママンガを絶賛された藤野が家に帰る雨の中の見開きの描写だ。

一瞬を捉えた見開きを原作のイメージそのままに動きを加えたアニメーションは必見。反対に余計な動きは加えず、淡い色彩で表現した、セリフなしの藤野と京本の回想シーンもグッとくる。

そこに流れる音楽も絶妙だ。本作の音楽を担当したのはharuka nakamura。中川龍太郎が監督・脚本を手掛けたHulu にて配信中のオリジナル作品「息をひそめて」でも音楽を担当した彼は、藤本タツキが原作執筆時に聞いていたことが、発端となり本作音楽担当の候補に上がったそうだ。ミュートピアノで演奏される主題歌「Light song」は、uraraの儚い声が2人の少女の楽しかった日々の思い出を、そして運命の切なさを増幅させる。

マンガの見開きとは、いわゆるとっておきで、魅せどころということ。原作を読んだときに堪えていた感情が、アニメーションになると、それが堰を切ったように溢れ出すのを感じた。

藤野と京本の声を務めた河合優実、吉田美月喜。この2人も声優初挑戦とは思えないほど見事に少女たちを演じている。特に京本が東北訛りでしゃべることに、考えてみれば不思議ではないが少し驚く。これは、”引きこもりの京本は、標準語でしゃべる同年代と関わりもなく、親が方言でしゃべっていたらそうなるだろう”と考えた押山監督の演出によるものだ。そんなリアリティ指向は、声の出演に俳優を多く起用していることに表れている。

押山監督は、脚本、キャラクターデザイン、絵コンテ、演出、原画とアニメーション制作の大部分をほぼ一人で担っている。限りなく個人制作に近いアニメーション制作は、企画当初から考えていたことらしい。

『ルックバック』は、マンガ寄りの絵柄で荒々しい線のまま色を塗っている。そのため商業作品とは違う生の原画の感じが残っているアニメーションになっている。だから原作の絵がそのまま動いているような映像がスクリーンに映し出されるのだ。

本作について、押山監督は「絵描きやクリエイターの讃歌になればいいな」と発言している。原作者・藤本タツキは「背景を描いたアシスタントへのリスペクト」も込めているという。劇場では原作ネームを全ページ収録した入場特典(※先着順、なくなり次第終了)が配布されるそうだ。それぞれの心遣いがまた嬉しい。

劇場アニメを観れば原作マンガがきっと読みたくなる。

映画を愛する、アニメを愛する、マンガを愛する、描き続けるすべての人への想いをのせた本作『ルックバック』。映画館の大きなスクリーンでの鑑賞をオススメする。

文 / 小倉靖史

作品情報
映画『ルックバック』

学生新聞で4コマ漫画を連載している小学4年生の藤野。クラスメイトからは絶賛を受けていたが、ある日、不登校の同級生・京本の4コマを載せたいと先生から告げられる。2人の少女をつないだのは、漫画へのひたむきな思い。しかしある日、すべてを打ち砕く出来事が起きて‥‥。

監督・脚本・キャラクターデザイン:押山清高

原作:「ルックバック」藤本タツキ(集英社ジャンプコミックス刊)

キャスト:河合優実、吉田美月喜

配給:エイベックス・ピクチャーズ

© 藤本タツキ/集英社 © 2024「ルックバック」製作委員会

公開中

公式サイト lookback-anime