Nov 23, 2023 column

洗練さと野蛮さがせめぎ合う、北野武による俳優主義の映画『首』

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影武者=スタンドイン

北野武は戦国時代を描くにあたり、影響されてしまうのを避けるため、敢えて黒澤明の映画を見直さなかったという。しかし『首』という映画のはるか遠くに滲んでいるイメージは、黒澤明と大島渚の映画だろう。特に大島渚の遺作であり、北野武や浅野忠信も出演した『御法度』(1999)のことを想起せずにはいられない。妖しい魅力を放つ一人の少年(松田龍平)の登場によって新撰組内部の秩序が乱れていくこの作品で描かれた同性愛のイメージは、本作と確かな共鳴関係にある。夜の帳が下りる頃、胸板をはだけた明智光秀と荒木村重が隣り合って寝るエロティックなシーンの遠く向こう側に『御法度』の艶めかしい夜のイメージが重なっている。ちなみに撮影現場で大声を出すことを禁止にしているという北野武は、大島渚が怒鳴り声をあげないことを条件に『御法度』への出演を承諾している(ただでさえ俳優は緊張しているのに、怒鳴っても何もいいことはないという考え)。

北野武の映画にはいまも無邪気なところがある。本作の忍者同志のバトルシーンがそうだが、北野武の映画には紙芝居的な趣向がある。映画文法における飛躍と省略が唐突にやってくる手法。紙芝居のページをめくったら子供たちが驚き、一気に目を輝かせてしまうような。そんな無邪気な手法は本作でも健在だ。かつて篠崎誠監督が撮った『ジャム・セッション「菊次郎の夏」公式海賊版』(1999)という舞台裏作品でも、撮影現場で動き回っては指でフレーミングのポーズをとる北野武の姿が印象的だった。まるで新しい玩具を手にした子供のように北野武は楽しそうに映画を撮っていた。そのスピリットは20年以上経過した現在も変わらない。『首』は子供のように無邪気な映画作家北野武の健在が嬉しくなる作品でもある。本作で北野武 ( ビートたけし ) は織田信長に「サル」呼ばわりされる豊臣秀吉を演じている。実際の豊臣秀吉よりかなり上の年齢であることも面白いが、北野武自身が自分の“老い”を隠すどころかむしろ楽しんでいるようなシーンさえ用意されている。

そして本作における影武者のコミカルで残酷な描写は、ペルソナや死のテーマ、作品の全体のテーマと色濃く関わっている。影武者という存在自体が、カメラテスト等でキャストの代わりを務めるスタンドイン的な役割とよく似ていることに、ふと気づかされる。本物に姿形をよく似せた影武者は、ある意味ペルソナであり、誰にでも取り換え可能な“首”であり、そしてまったく関心のない人にとっては影武者が本物かどうかということさえ、早速どうでもいいものである。そしてバックグラウンドを排したこの大胆な価値観の転覆こそが、『首』という映画をフラットな価値観へと導いている。冒頭シーンの首なし死体のように、正体不明の死体は正体不明のまま、ただの“物体”となる。それがどんなに“偉人”のものであろうとも。

来たるべき本能寺の変へ向けて『首』の暴力は加速していく。悶絶必至な武将たちの最後。北野武は歴史=物語にまつわる仮説の可能性からロマンとアンチ・ロマンの両方を抽出する。本物と偽物の差は何か?それはいったい誰が決めるのか?北野武の映画がいつも死と隣り合わせにあることは、人の価値観がいかに正反対の方向に反転しやすいものであるか、いかに紙一重の上に立っているかと繋がっているように思える。しかしなんというラストなのだろう!現在76歳の北野武は、俳優主義に立った技法的な洗練を手に入れるのと同時に、映画作家としてのワイルドさをどんどん増している。これはまったくもって例外的なことなのだ。

文 / 宮代大嗣

作品情報
映画『首』

天下統一を掲げる織田信長は、毛利軍、武田軍、上杉軍、京都の寺社勢力と激しい戦いを繰り広げていたが、その最中、信長の家臣・荒木村重が反乱を起こし姿を消す。信長は羽柴秀吉、明智光秀ら家臣を一堂に集め、自身の跡目相続を餌に村重の捜索を命じる。秀吉の弟・秀長、軍司・黒田官兵衛の策で捕らえられた村重は光秀に引き渡されるが、光秀はなぜか村重を殺さず匿う。村重の行方が分からず苛立つ信長は、思いもよらない方向へ疑いの目を向け始める。だが、それはすべて仕組まれた罠だった。果たして黒幕は誰なのか?権力争いの行方は?史実を根底から覆す波乱の展開が、 “本能寺の変”に向かって動き出す。

監督・脚本:北野武

原作:北野武「首」(KADOKAWA 刊)

出演:ビートたけし、西島秀俊、加瀬亮、中村獅童、木村祐一、遠藤憲一、勝村政信、寺島進、桐谷健太、浅野忠信、大森南朋、六平直政、大竹まこと、津田寛治、荒川良々、寛一郎、副島淳、小林薫、岸部一徳

配給:東宝・KADOKAWA

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