今年のアカデミー賞長編アニメーション賞ノミネート作品には公式に日本出品作は入っていない。しかし、アニメ業界はグローバル。第53回アニー賞で作品賞ほか10部門受賞した『KPOP デーモンハンター』(Netflix) では、カナダのソニー・ピクチャーズ・イメージワークスで働く加藤直樹さん (『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』) がアニメーション効果賞で同僚と連名で受賞。キャラクター・アニメーション賞には同社の古屋隆介さんが単独で受賞。グローバルになったのは人だけでない。このコラムでは、ベルギー出品、ほろ苦い和が薫る長編アニメーション映画『アメリと雨の物語』に注目。

原作者アメリー・ノートンが過ごした1960年代の日本
アカデミー賞長編アニメーション賞ノミネートはマーケティング予算が潤沢な大作がリード。日本でも人気を博した『ズートピア2』は、3月11日からディズニープラスで配信。ピクサーの『星つなぎのエリオ』もすでに同チャンネルで配信中。アニー賞のインディペンデント賞に輝いた仏発信『ARCO/ アルコ』は4月24日から日本で劇場公開。そして、私の一押しのベルギー作品『アメリと雨の物語』は今月3月20日に劇場公開される。この映画の原作者は、日本で幼少期を過ごしたベルギー人のアメリー・ノートン (Amélie Nothomb)。ノートンが実際に生まれたのはブリュッセルだが、アーティストである作者は形而上、非物理的に私は日本で生まれたと主張している。
アメリー・ノートンの著作を読んだ事のある人なら、2000年に藤田真利子翻訳の「畏れ慄いて」など、パワーハラスメントという言葉が使われていなかった時代の日本企業での体験を小説化した作品で、アカデミー・フランセーズ小説大賞を受賞したことでも有名。このベルギー出身でフランス文壇でも一目おかれる作家は、駐日ベルギー領事の娘として神戸で2歳から5歳まで過ごした経験を持つ。映画『アメリと雨の物語』の原作「チューブな形而上学」(横田るみ子訳) は、全世界で話題になった独創性に富むユニークな作品。生まれる前からのことを綴る小説の英題は「The Character of Rain」。作家アメリの名前を当て字で「雨」と名付けてくれた、幼い頃の西尾さんという日本のお手伝いさんとの触れ合いを描くやさしい物語。「七つ前は神の内」にヒントを得て、幼い赤子は神で、死ぬ=神のもとに帰ると、日本古来の概念を元に、西洋人である作者が自らが愛した日本、幼いときの記憶を抽象的、神秘的な内容で描いた小説がベルギー人若手アニメーション作家の男女によって、映画に脚色されたのである。

『アメリと雨の物語』の監督マイリス・ヴァラードとリアン=チョー・ハンは『リトル・プリンス 星の王子さまと私』(2015) などの元ストーリーボードアーティスト。今作は、監督・脚本家としてのデビュー作となる。アカデミー前哨戦向けに行われた2人へのインタビューでは、原作のアメリが神であるのかという定義を控えめにしたことで、創造的な部分を子供の発想として描き、戦争や憎しみなど、子供が理解しにくい題材をより砕いて描くことにつとめたそうだ。人と人とが離れ離れになっても記憶は残り、それを心に刻む事で辛い別れを乗り越えられるというメッセージは、環境問題をとりあげる最近のアニメーション映画のトレンドとは別に新鮮に感じられた。
ヴァラード監督は、子供の目線で全てを描くために、無駄なものを省き、簡潔でシンプルな中でも、目や顔の表情の浮き沈みを表す色合いに工夫をしたそうで、アメリの「雨」とも違う飴色のパレットに包まれるこのアニメーション映画は絵本をめくるような感覚で美しい。奔放で兄弟の末っ子として生まれたアメリの葛藤と想像力、そして文化の違いを微妙に描いている。主人公の少女アメリが経験する日本の行事の中でも、鯉のぼりを上げるシーンでは、なぜ男の子だけのお祭りなのかの性別への疑問、意地悪な兄の顔が鯉となって、餌欲しさにパクパクする表情の描き方など、笑いの中でもリアルな、少女の恐怖心が表現されている。細やかで繊細なアニメーションははかなく、戦争という人が人を憎み合う傷跡を考えさせられる。
音楽は映画音楽『食堂かたつむり』(2010) や『ヨコハマメリー』(2006) などを手掛けた福原まりさんが担当していて、ロトスコープのような、なめらかなアニメ映像が映える楽曲も印象的である。監督たちは、ジブリ作品の中でも、とくに『ほたるの墓』や『もののけ姫』に影響を受けたそうで、ジブリのアニメーションで育ったのは日本人だけではなく、世界中のクリエーターたちだと納得させられる。この『アメリと雨の物語』は大人の心も蘇生させる不思議なパワーに溢れている。



