Feb 11, 2026 column

映画ファンを茶化す ヨルゴス・ランティモス監督新作『ブゴニア』(vol.82)

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第98回アカデミー賞で作品賞を含む4部門にノミネートされた奇才ヨルゴス・ランティモス監督作品『ブゴニア』。このSFスリラーはエマ・ストーンが髪を剃り落として体当たりした世にも不思議な物語。批評家絶賛、全米拡大公開初週末は約480万ドル(累計は約580万ドル)と、これまでのヨルゴス作品の記録を抜くほど、関心が高かった作品。常に独特のビジュアルと奇想天外ながら、深い人間関係のドラマで定評があるランティモス監督作品。この痛快コメディは社会風刺を超えたディープスペースに我々を導いてくれる。

非情な女社長の正体は人間 ? それとも宇宙人 !?

監督の前作『哀れなるものたち』は、アカデミー賞で11部門ノミネートされ、主演のエマ・ストーンの主演女優賞をはじめ、プロダクション・デザイン他の4部門で受賞。作品賞のプロデューサーとしても参加していたエマ・ストーンは現在、自らのプロダクション会社Fruit Tree で、より彼女に適した作品選びに余念がない。今年も『ブゴニア』の情熱的な演技で主演しているエマ・ストーンは主演女優賞ノミネート入りを果たしている。ランティモス監督とのタッグはこれで5回目。エマ・ストーンが演じる社長ミシェル・フーラーは、表向きは社員を重んじる巨大製薬会社の女社長。

赤い靴底で有名なクリチャン・ルブタンのハイヒールに、黒皮をなめしたサン・ローランのバッグ。カルチエの時計にアレキサンダー・マックイーン のジャケットと、ハイファッションを極めた装いは、コスチューム・デザイナー、ジェニファー・ジョンソンがあしらえたファッション。光沢のあるケアの行き届いたヘアスタイルと肌は、誘拐犯によってズタズタに剥がされていく。

誘拐犯のリーダー、テディがミシェルを誘拐した最大の理由は、ミシェルは女社長の仮面を被った宇宙人スパイで、地球を侵略するために環境を汚染し、故意に人間を貶めているということなのだ。「地球から手を引け」という要求に対し、ミシェルは戸惑いながらも泣き叫ぶことはなく、冷静に自ら置かれたシチュエーションを把握。「私は宇宙人じゃないから解放しなさい!」と女社長の商談かのような強気の交渉に入っていく。

エマ・ストーンの髪を剃るシーンはワンテイク。ランティモス監督との信頼関係の中で構築された新たなルックスは髪だけでなく、体までもローションを塗りたくられ、宇宙人パワーをブロックするためだと誘拐犯テディに従う姿はけなげ。しかし、残虐ともいえる誘拐犯の行為に立ち向かうミシェルは、どこか感情が欠けていて、もしかして本当に彼女は宇宙人なのかと、観客は誘拐犯側の言い分に肩入れしはじめる。何が正しいのか分からなくなっていくところが、ランティモス監督映画のおいしい味付けとなってうまみが増していく。