パレスチナ、そしてスペインが揺るがす音源
アカデミー賞国際長編映画のショートリストでとくに心に響く作品は、あらゆる社会の貧困にあえぐ子供たちの葛藤。台湾出品の『左利きの少女 (原題:Left-Handed Girl)』は夜一で働く若い母と娘2人の家族のサバイバルがテーマ。幼い少女の目線で描いた愛らしい作品は、大人の言葉を真剣に捉えた少女の無邪気な、善悪の判断がテーマとなったコメディ溢れる良作。イラク出品の『President’s Cake (原題)』は今年のカンヌ映画祭、ディレクターズ・フォートナイト部門の観客賞とカメラ・ドールを受賞した切なくも美しい映画。90年代、サダム・フセイン政権下のイランの貧困河川地区で祖母と生きる9歳の少女が、軍事主義の学校で大統領のためのケーキを作る任務を与えられて奔走するヒューマンドラマで、日本公開を期待したい。
ショートリストに選ばれた映画の中では、パレスチナ問題を描いていた映画が3作品選ばれていたことも意義深い。パレスチナ系アメリカ人女優監督チェリアン・ダビスが描いた三世代のパレスチナ人家族の心の傷と、生きることの不甲斐なさを描いた『All That’s Left of You (原題)』(ジョーダン)。ベツレヘム生まれの女性監督、アンマリー・ジャシルが手がけた1930年代の英国委任統治下のパレスチナを舞台にした映画は、イスラエル側とパレスチナ両者を両天秤にかけた英国の三枚舌外交のもとでのパレスチナの民族主義的な反乱を描いた『Palestine 36 (原題)』(パレスチナ)。国際長編映画賞ノミネートに食い込んだのが、チュニジア人女性監督カウテール・ベン・ハニア監督作品。『ヒンド・ラジャブの声 The Voice of Hind Rajab』は今年のヴェネチア国際映画祭でプレミア上映され、23分間のスタンディングオベーションを受けて、銀獅子賞を受賞した作品。
物語は2024年、イスラエル軍攻撃の中、5歳で一人車中に残された実在のパレスチナ少女の録音された声を元に、救助側の苛立ちをドラマ化した秀作。時空を超越して現実の非情さを訴えるパレスチナ人少女の助けを呼ぶ声は、映画の音源となって最後から最後まで観客の心を揺さぶる構成になっている。
ロサンゼルス・タイムズがアポカリプティック・アート映画と呼んだのが、スペイン監督オリヴァー・ラクセの『Sirât (原題)』。カンヌ映画での話題のあと、東京映画祭でもお披露目されたこの映画は口こみで大絶賛されてきた革新的で不思議な映画。監督がこの映画を思いついた理由はニーチェの言葉から。「私は踊らない神なんて信じない。』実際に砂漠のレイブ・パーティに参加し、テクノ音楽を通じて、快感とカタルシスを体で感じたのだそうだ。それを実際に映画でどう表現出来るのかが、彼のビッグアイディアとなったのだそうだ。
物語にはメッセージがあるのでもなく、何かを解決するのでもなく、次々起こる事柄をただひたすら心で感じるもの。コンスタントに流れるエレクトリック・ダンス・ビートが、心を揺るがす大きな起爆剤となっていく。常にスピリチュアルな道を突き進んできたという監督はどこかしら、風貌も神がかっている。物語の中では、父と子がレイブ (Rave) にでかけたまま姿を消した娘を探しにくるというプロットがあるものの、目的を達成するというよりは、父と子がはじめて経験するテクノ音楽に洗脳されたかのように、重大な局面をスルー。出会った仲間たちもそれぞれが自らを知る旅の中で、底知れぬ深い穴に飛び込んでいく。どこか抽象的で物質的な感覚を超えた刺激的なビートは自然界の掟の中の不条理を克明にし、映画は傷ついた人たちを分け隔てなく呼び起こす不思議な構成で我々の感性を刺激する。最も社会派でありながら創造性にとんだこのアート映画は、映画館のサラウンドサウンドで体験したい傑作である。
文 / 宮国訪香子