アカデミー賞でオスカーを手にした俳優たちの中には、成功しつづける俳優もいれば、転落していく俳優もいる。今年のアカデミー賞の話題は、映画の祭典というより、主演男優賞を受賞したウィル・スミスが妻のジェイダ・ピンケットの丸刈り頭をジョークにされたと、放送中にコメディアンのクリス・ロックに平手打ちを加え、その暴力シーンの方が話題となってしまった。
ウィル・スミスの妻で女優ジェイダの脱毛症の悩みは、オンラインや女性誌などの記事では公開されていたが、一般に丸刈りにした理由は知られておらず、ウィルのリアクションに会場は唖然。ウィル・スミスは主演男優賞受賞のスピーチの際、「映画でもそうだったが私には大切な人たちを守る義務がある」と涙ながらに弁明。しかし、彼の暴力行為は授賞式が終わったあとも物議をかもし、さらにはLAPD(ロサンゼルス市警察)も検閲に入ったという話や、ウィルは退場を命じられたにもかかわらずそれを拒否したなど、真相はまだ不明。アカデミー協会はメンバーや記者に対し、今後、ウィル・スミスにどのような処分を与えるか、アカデミー協会員から脱退させるのかなどの厳しい判断が下されるか、カリフォルニア州の法律に基づいて検討していることを明らかにした。
プレゼンターであったクリス・ロックの毒舌は有名で、誰もが彼のジョークをおもしろいと思うかは個人差がある。しかしウィルに殴られたあと、かろうじてその場をしのぎ、長編ドキュメンタリー部門の赤い封筒を開けて、受賞者の名を発表して賞を続行させたことには誰もが支持。音楽界で多大な信頼のあるクエストラブの映画監督デビュー作品『サマー・オブ・ソウル』が前哨戦の予測の通りに受賞。クエストラブは発表前に心を落ち着かせるために瞑想していたらしく、皆がシーンとしていた理由が分からなかったと事の経過をあとで知ったことをCNNのトークショーで話していた。
クエストラブのアカデミー賞受賞スピーチはすばらしいもので、「この映画はハーレムで過小評価されて傷ついた人たちのもの。それは1969年の過去の話ではなく、2022年の今でも(差別は)続いている‥‥」と作品に賞が授与された評価は、自分のものではなく、過小評価されている黒人たちのものであると、真摯なスピーチをした。ウィル・スミスの暴力は、「黒人は潜在的に野蛮である」という保守的白人社会の差別を蘇らせるもので、汚名を剥奪しようと、素晴らしい作品を制作する黒人映画関係者の苦労と、スター俳優の素行不良との対比が垣間見られた今回のアカデミー賞。
一方、殴られたクリス・ロックは告発はしないと決断。何事もなかったかのように、自らのコメディアンの仕事に戻り、約9ヶ月に渡る全米トークショーを予定通り開始。初日のボストン講演のチケットは転売で1000ドルに跳ね上がり、約2分間の観客スタンディング・オベーションで迎えられた。クリスは恥ずかしそうに「もう始めていいかい!?」と観客を着席させたあと、最初の一言が「君たちはどんな週末を過ごしたのかな」と相変わらず軽い乗りで場内を爆笑させていたそうだ。