Oct 31, 2025 column

米批評家の胸を引き裂いた 『ハムネット』の夢幻体験 (vol.77)

A A
SHARE

第38回東京国際映画祭の最終日を飾るクロエ・ジャオ監督の最新作『ハムネット』。トロント国際映画祭では、ギレルモ・デル・トロ監督の『フランケンシュタイン』を抜いて観客賞を受賞。注目度No.1の映画の凄さは、批評メディアのインディワイヤーほか米批評家が、胸を引き裂かれたと表現するほどの稀な感動作。原作者と共同で脚本を立ち上げた女性監督クロエ・ジャオの力量は、女優ジェシー・バックリーの名演技とともに、すでに来年のオスカー候補として騒がれている。シェイクスピアの名作誕生の舞台裏を描いた映画『ハムネット』をこのコラムでもいち早くご紹介

映画を待てない人は原作「ハムネット」が必読!

約400年前のシェイクスピア家の悲劇の史実を歴史小説として綴ったマギー・オファーレル著、「ハムネット」(新潮社 小竹由美子訳)。名戯曲「ハムレット」のタイトルの由来がシェイクスピアの息子ハムネットの名前だったことはあまり知られていない。シェイクスピアが生きたエリザベス朝の名前の呼び名はゆるかったそうで、妻の名前はアン、アグネス、アニエスとどれも同じ人の呼び名だったそうだ。ハムレットとハムネットが同じ人の呼び名だということに、なるほどと納得させられる。

だが、この小説で燃え上がる激しい母の愛については、リサーチの必要はなかった。2018年刊行の回想録『 I Am, I Am, I Am (原題) 』のなかで、オファーレルは娘の一人が極度のアレルギーに悩んだときのことを綴っている。

エンターテインメントウィークリー誌のインタビューによると、ハムネットについては史実上、11歳で死んだこと以外はほとんど資料が残っておらず、マギーは高校性の時、すばらしい教師からハムネットのことを学び、シェイクスピアの息子を中心に物語を書きたいと思いながらも、書けずに何度も中断を繰り返していた。しかし自らの臨死体験をシェイクスピアの妻アネットの悲痛を中心に描くことで小説「ハムネット」の方向性がようやく見えたのだそうだ。

「ハムネット」を書く上で大事だったのは、どこから芸術が生まれるのか、なぜ私たちが芸術を必要とするのか、物語を書くのか、映画をプロデュースする必要があるのか、そして、それらを観客として視聴する必要があるのかなどを問うこと。この作品を書けると思ったのは、シェイクスピア作品が永遠である理由を確信したからだそうだ。作家マギー・オファーレルは、主人公をシェイクスピア本人でなく、あまり知られていないにもかからず、噂の多い年上の妻アグネスを中心に史実を膨らませ、この力強い歴史小説を誕生させたのである。