Sep 30, 2025 column

秋一番!米批評家大絶賛のポール・トーマス・アンダーソン監督映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』 (vol.74)

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米監督ポール・トーマス・アンダーソン (PTA) の映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』が批評家から大絶賛。先週末のオープニング北米興行収入で期待通り2240万ドルで1位。全世界興行収入合わせて4850万ドルを記録し、弾けている。『ハードエイト』(1996) で長編映画監督デビュー。2作目『ブギーナイツ』(1997) が劇場で大ヒットし、アカデミー賞に脚本賞含め3部門にノミネートされて以来、常に新しいジャンルやテーマに挑戦し、濃厚な主人公像を描き続けてきた。今までの監督作品にはなかったアクションやカーチェイスで見せるこの映画は162分の長さを感じさせないド級の面白さ。秋のアカデミー賞前哨戦ですでに作品、監督、主演、助演男優賞が噂されるほどにその出来の良さが話題。米公開から1週間後に公開の日本でも、その勢いがそのまま伝わって欲しい。この作品は是非、IMAXで見るべき秋一番の娯楽大作だ。

見えない権力に対峙する父と娘

去る9月11日、全米劇場公開前にロサンゼルスで行われた映画の記者会見。監督、キャストほか、スタッフが一堂に集まって、この映画の見どころをバーチャル会見で発信した。質問が殺到した大スター、レオナルド・ディカプリオが演じたのが元革命家のボブ。

彼の演じる主人公は一人娘の父親。かつては「フレンチ75」という組織の革命家だった。16年前、その仲間で最も過激だった女性との間にできた娘と、今はひっそり、カリフォルニアの内陸部で成り行き任せに暮らしていた。マリファナ好きなボブのだらしなさに、かつての革命家の尊厳はなく、ティーンの娘は友人の前でも口うるさい父親にうんざりだった。母親の居どころは誰も知らない。朝からパジャマのままで、ラリっているようなボブだが、学校に行く娘に、離れ離れになったときの緊急連絡装置を持たせることだけは忘れず、所属していた組織のルールだけは断片的に覚えていた。

この映画の一部は、天才作家と言われながら、50年近いキャリアで長編わずか7作という寡作のハードボイルド作家トマス・ピンチョン著「ヴァインランド」の80年代スリラーにヒントを得ている。元妻への思いを断ち切れない中年男と、母を求める娘の運命が、巨大なシステム相手に動き出すというポップでノワールな狂熱作風を現代に置き換え、映画はよりスピーディーでハイコンセプトに仕上がっていておもしろい。PTA監督はトマス・ピンチョン著「インヒアレント・ヴァイス」も2014年に映画化していて、今回でこの作家の映画化は2作目。

会見でディカプリオは「主人公は欠陥のある男で、すでに革命家としてのシャープな凄みはまったくない。けれど、想像を絶するシチュエーションに追い詰められ、瞬時にどこへ進むべきか選択するためにあたふたし、その都度、ドラマチックな展開となって物語が進んでいくんです。僕が惚れたのは、主人公ボブが物語の中で、人間として進化していく点。頼りないボブに娘を守ることができるのか。PTA監督が作り上げた主人公の旅路を演じることは、不滅のヒーローになることでした。」とご満悦。

PTA監督作品は、カリフォルニアが舞台であることがほとんど。とくに彼が育ったロサンゼルスのサンフェルナンド・ヴァレー地区の華やかさとは真逆のハリウッドの裏で蔓延る人間模様を描き、70年代、80年代のファッションやインテリアもレトロでセクシー、エレガントかつ、どこかコミカルな映画としても定評がある。主人公は毒のある人間ばかりで、第50回ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞した『マグノリア』 (2000) は壮大なスケールで、トム・クルーズのペテン師ぶりは見事。その後、第55回カンヌ国際映画祭監督賞を受賞した『パンチドランク・ラブ』(2002)ではコメディ俳優アダム・サンドラー、第80回アカデミー賞作品賞とともに脚色賞など8部門でノミネートされ、主演男優賞、撮影賞の2部門を受賞。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007) ではダニエル・デイ=ルイスなど、それぞれの映画で起用する役者の映画の中での変貌ぶりは監督作品が人気である理由でもある。

今回は元革命家である父と娘のドラマを中心に、いつもよりアクションシーン満載で、スリリングな展開に手に汗握るシーンが多い。会見でのインタビューで監督は「簡素な小さい部屋でまず、物語の中心となる父と娘のシーンを撮ったんだ。映画の中で最も大事なことは、観客がこの2人を応援したいと思ってくれること。でなければ、この映画は成り立たない。そのあとに、警察とのチェイスシーンを撮り、徐々にアクションを増やしていったんだ。僕らのプロデューサー、そしてアシスタント・ディレクターのアダム・ソムナーは『ブラック・ホークダウン』(2001)や『グラディエーター』(2000)など、大きなスケールのアクション撮影経験が豊富だから、彼に任せて、撮影を推し進めていったんだよ。」といつも以上に、エピックで壮大なプロダクションだったことがうかがえた。

今回、主人公ボブとその娘を追いかける執着心の強い軍人、ロックジョーの存在が面白すぎる。この役を演じたベテラン俳優ショーン・ペンの役作りは見事で、風貌も一切別人で一見、目的に突っ走るストイックなアメリカ軍人。しかし、その人間性はかなり複雑で、彼が深みにハマっていく人種の違いを超えた人間関係、性欲、昇進の夢など、ロックジョーの運命はとんでもないことになっていく。

記者会見の役作りの質問に対してショーン・ペンは、「監督の書いた脚本には、まるで音楽が流れているかのようなトーンがあり、ぼくはそれを読みとって、それに合わせてダンスを踊っただけ。監督がそれを見て、役のエネルギーを上げたり、下げたりして、役作りを極めたんだ。」と会見の答えもかっこよさに身震いがする内容。本人は、ウクライナ戦争関連のドキュメンタリーの共同監督を務め、撮影のために現地入りするなど、作品に対して極めているアーティストだが、タバコだけはやめられないんだよと、短所も認める気取らなさが彼の人気の所以である。