日本時間9月15日 (月)、第77回米エミー賞授賞式が行われた。昨年、真田広之主演、プロデュースの「SHOGUN 将軍」が主要部門を総なめし、エミー賞史上最多18部門を制覇したドラマ業界最大の祭典である。今年の話題作の多くはリミテッド / アンソロジーシリーズ部門に集中した。このコラムでも触れた映画『THE BATMAN-ザ・バットマン-』のスピンオフ作品「THE PENGUIN-ザ・ペンギン-」、そして批評家大絶賛の「アドレセンス」が予測通り主要な賞を受賞した。リミテッド・アンソロジーシリーズ主演女優賞部門で受賞した「THE PENGUIN-ザ・ペンギン-」のクリスティン・ミリオティと接戦だったのが、「人生の最期にシたいコト」の女優ミシェル・ウィリアムズ。彼女が体当たりで演じたのが、37歳で癌を宣告された主人公モリー。癌というシリアスな題材が描かれているにもかかわらず、笑いと涙に溢れるこのシリーズ。それは主人公モリーが癌を患う体で、最後まで生身の女性として愛されたいと意思をつらぬく勇気を描いている点にある。この話は末期癌を宣告された主人公とその親友との本音が綴られた人気ポッドキャストが原点。病院通いの合間で起きる珍道中が笑いと感動をもたらすこのシリーズは全8話で完結。本作品は、ディズニープラスで配信中。

死は人生の一部
ミシェル・ウィリアムズが、全米で大ヒットしたポッドキャスト「Dying for Sex(配信シリーズの原題)」を聞いたのは第3子が生まれる前の2021年。自分がなぜ、このポッドキャストに惹かれるのか分からず、2度聞きなおしたそうだ。癌患者である主人公のセックスシーンは一歩間違えれば、役者としてかなりのリスクがある。しかし、キム・ローゼンストックとエリザベス・メリウェザーの2人の脚本に魅了され、女性中心のチームを構築。出産後、安心して演技ができる環境が整った約1年後に現場復帰。おかげで役に没頭できたと米配信開始 (4月4日) 前に行われたヴァーチャル記者会見で語っていた。
実在したモリー・コーチャンは、末期癌の宣告を受けて、ポッドキャストを通して自らの結婚生活を振り返る。元夫は責任感はあったが、妻が2011年、37歳の若さで乳房切除手術をし、あらゆる治療の年月のあと、彼女を女性として見ることができなくなっていた。モリーのメモワールによると 癌が再発して末期癌を宣告されたのが2015年。2年後の2017年にその親友ニッキー・ボイヤーとポッドキャストを開始し、そのあと2019年に45歳の若さで亡くなっている。
シリーズの出だしでは、ヴァーチャルの結婚カウンセリングを受けるモリーと夫の噛み合わない結婚生活が浮き彫りになる。親友のニッキーには全てを話し、ついに離婚を決意。癌の治療を受けながら、緩和ケアのカウンセラーに人生の最後に叶えたいことを聞かれ、自らの性欲を抑えずに生きることを決意。危険にも見えるランダムなオンラインデートを開始するのだった。

この主人公モリーの性と快楽の追い求め方が驚きと笑いで溢れ、エピソード毎にエスカレートしていく。まずは親友ニッキーにオーガズムを感じたことがないと告白。死ぬまでにトライしてみたいセックスのバケットリスト(死ぬまでにやりたいことリスト)はエレベーターの中だったり、街中だったり、場所も相手もランダムで、かわいいマゾヒズムなプレイまで繰り広げられる。あらゆる男性とのエスカペイド (常識から逸脱した冒険) のおかげで、普通なら、病院待合室でのつらい待ち時間も、親友ニッキーに「こんなにたくさんのペニスの写真が集まっちゃった。」と笑い転げるモリー。待合室で周囲からひんしゅくを買いながらも、親友ニッキーはモリーの冒険を支え、慣れない介護で心身ともに自らの生活をも犠牲にしながらも、代替できない残された友人との時間に全てを賭ける。プレイフルなセックス描写の裏には、友情とは、そして見えない人間のトラウマ、逝きゆく人を愛する全身全霊の情熱に胸を打たれるのである。
エグゼクティブプロデューサー兼監督のシャノン・マーフィは、この作品が女性中心のチームであることもあり、あらゆる女性監督の作品を見て、ポッドキャストの内容をどう映像化していくかを何度も議論したのだそうだ。「男性監督のストレートなセックスシーンならば2、3分で終わるところだが、女性の場合はそれでは全く足りない。女性が満たされるためには最低でも35分くらいは必要じゃない?」とバーチャル記者会見で答えると、ミシェル・ウィリアムズ含めたキャスト、スタッフは笑いながら賛同。女性がオーガズムを感じるプロセスをどう撮るかはこのシリーズの重要なテーマの一つだった。「男性の射精とはまったく別の、女性の求める身体的接触のインティマシーを追求したことで、本能的な快楽を女性の視点から描きました。」と話していた。
死についての質問に女優ミシェル・ウィリアムズは、「このシリーズを私のレッスンとするならば、モリーという主人公が人生最後の数ヶ月を目の前に、死に向かって真正直に生きたこと。それがいかに感受性が豊かで、主導権を握ることを恐れない態度だったことが教訓です。それは、癌患者のモリー自身が免疫不全の体で、性的な欲望を満たすことがどれだけ可能なのかを描いたシーンがとても大事だと思いました。心身ともに限りのある中で自らの人生を楽しむ彼女の生き方から、死は人生の一部であることが教示され、胸が張り裂けるような絶え難い苦痛を感じるシーンもあれば、おならのジョークなど、人間の生理的で自然現象のユーモアも織り交ぜられて、モリーを囲む友人や家族が彼女の最後を見守るのです」と終始、実直に答えていた。
