スタイリッシュな創作性でコアなファン層に支えられているウェス・アンダーソン作品。監督作品の日本公開初となった『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(2001) 以来、期待を裏切らない作家性は徹底していて、新作『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』は長編12作品目。米5月劇場公開時のインタビューでは自らの「映画オタク」度をアピール。この作品を作る上で影響を受けた作品として挙げたのは、黒澤明監督の『悪い奴ほどよく眠る』(1960) と『天国と地獄』(1963) 。貧富の差や絶えず変化している家族や会社組織、大衆の描き方を多く学んだと語っていた。ベニチオ・デル・トロの代わりに主人公ザ・ザ・コルダを演じられるとしたら三船敏郎くらいかなと、主人公の姿に監督の特別な想いが反映されているこの作品。諜報活動や、スリル満点な実業家の波乱に満ちた物語はアンダーソン監督作品を別格のコメディ作品に仕上げているので、このコラムでも一押しでご紹介。

国境を超えたグローバルなウェス・アンダーソン・ワールド
今春5月18日に行われたカンヌ国際映画祭のコンペ作品部門で出席したウェス・アンダーソンの記者会見。政治、大物実業家が絡むこの作品への質問の中で浮上したのが、トランプ米大統領の外国で撮影されるハリウッド映画に関するタリフ(関税率) の質問。アンダーソン監督は記者に対し、「タリフはすごいよね。ぼくは100%のタリフなんて聞いたことがないから、そのあたりの経済関連のエキスパートとは言えないけれど、彼は僕らから全額取っちゃうってこと?僕らには何が残るの?」と、率直な返事でプレス陣を和ませた。トランプ政権の海外撮影に関するタリフ案件は、米国内での税金助成プランを推し進めることで止まった現在。ウェス・アンダーソン監督の映画を見れば、映画のロケ地もテーマも常にグローバル。最新作は、計算された映像美の中で、テネンバウム家を思い起こす家族の絆と再生が描かれるが、現代社会に通じる辛辣な風刺も含まれていてタイムリー。

ベニチオ・デル・トロ扮する架空の都市国家「フェニキア」の実業家、ザ・ザ・コルダは金儲け主義の大富豪。ヨーロッパ一金持ちで、国際的なビジネスマンという名のもとで、ダムやトンネル、そして水路まで作るほどの建設業の帝王。今までの悪行は数知れず、6度の暗殺を免れた正真正銘の強者。この主人公は、ポルトガルの首都リスボンにあるグルべンキアン美術館に生前収集した美術品が数多く収蔵されていることで知られるアルメニアの石油王、カルースト・グルベンキアンや、監督の義父でレバノン出身の実業家だったフアド・マルーフ (この映画は義父に捧げるとクレジット) からインスピレーションを得ているそうだ。
飛行中のシーン、砂漠地帯など、撮影の大半がドイツ、ポツダムのバーベルスベルク・スタジオで行われたこの映画。とくに富豪の住むパレスの内装はミュージアム級。大理石モザイクのフロアや重厚で格調高い石柱などがあしらわれたような内装は、アンダーソン作品『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014) でアカデミー賞美術賞を受賞したプロダクションデザイナー、アダム・ストックハウゼンとセット・デコレーターのアナ・ピノックの手腕。ストックハウゼンのインタビューによると、ベニスのパラッツォ (大邸宅) 、ローマのルネッサンス様式の邸宅ヴィッラ・ファルネジーナの「遠近法の間」からヒントを得たフォー・アーツの手法を駆使し、重圧感をだすために、ルノワールやマグリットなどの絵画をレンタルして飾るほどのこだわりよう。




今作の撮影監督は、ほとんどのウェス・アンダーソン監督作品を担当してきた74歳のロバート・D・イェーマンでなく、ソフトで独特の色と光を捉えるブリュノ・デルボネル。映画『アメリ』の撮影監督でもあるデルボネルの撮影したシーンは色の調和が心地よく、特に、監督が撮影後に、ブライアン・デ・パルマ監督の名作『アンタッチャブル』(1987) へのオマージュとなったというオープニングのバスルームのワンカットは見事。
そのセットに出入りする俳優の振り付けされた身のこなしもまた、固定された天井真上からの撮影で、バレーダンサーが躍り出てくるかのようにリズミカル。彼らの足取りを通常より早くすることで、24フレーム・秒で撮影したかのように見せる。まさに映画撮影のトリック。ザ・ザ・コルダの何不自由のない暮らしがワンカットで浮き彫りにされ、リビングルームのように広いバスルームにはスタイリッシュなメイド服に身を包んだ召使いが出入りし、バスタブで葉巻を吸いながら本を読み、朝食を食べるザ・ザ・コルダに新聞やワインが運ばれてくる。そして音楽はストラヴィンスキーの「ミューズを率いるアポロ」がターンテーブルで流れている。映画音楽はお馴染みのアレクサンドル・デスプラ。デスプラ曰く、監督は音楽が物語の一部になることを好むと話していて、ストラヴィンスキーのクラシック「火の鳥」のテーマ曲がエピックな作品のスケール感と映画の舞台となる1950年の旧ソ連時代の雰囲気を醸し出しているそうだ。監督のスタイルはよくポストモダニズムと言われ、過去のテーマや芸術を現代に置き換え、新しい発想をを世に出す。常に新しいアイディアを盛り込んで映画の可能性に挑むアンダーソン監督。彼の好奇心は常に私たちを別世界の入り口へ招待してくれる。

