Sep 02, 2025 column

アニメから実写映画への飛躍 VFXを駆使した冒険活劇『ヒックとドラゴン』(vol.71)

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観客が恋しなければ始まらないVFXキャラクター

ジュラシック・パークの恐竜と違って、本作の主人公ヒックは、恐ろしいドラゴンを手懐けなくてはならない。本の世界からアニメ、そして実写映画を完成させるには、観客がこの物語の主人公、とくにドラゴンのトゥースに恋に堕ちなければ始まらなかったのである。その道のりは作品によりフィットしたVFXチームとのコラボにかかっていた。アニメーション専門だった監督デュボアが相談したのが、英国発、現在はインドからオーストラリアまで会社を広げているフレームストア社。

近年、映画のVFX制作会社も多数、枝分かれしている。今までトップとされていたILMはジョージ・ルーカス経営時代、多くの優秀な日本人VFXアーティストが目指した。2012年にディズニーに売却されてディズニー配下となったが、『スター・ウォーズ』のスピンオフTVシリーズ「キャシアン・アンドー」(2022~) など多数のジャンルを手がけていて相変わらず定評がある。一方で、ここ数年のVFX映画のトップ興収作品『デューン』シリーズ (2021~) のドゥニ・ヴィルヌーブや、『オッペンハイマー』(2023) のクリストファー・ノーランなど、作家性のある監督に好まれているのがイギリスのVFX制作会社のDNEG (ディーネグ) 社。今年『デューン 砂の惑星 PART2』でアカデミー賞視覚効果賞を受賞しているVFXスーパーバイザー、ポール・ランバートが所属する会社は、最新技術をリードしたVFX制作だけでなく、今年2月、AIテクノロジー企業のMetaphysic (メタフィジック) を買収したことでも話題。今後、メタフィジック社の開発したディープフェイク動画が、映像業界でどのように取り入れられ、労働環境にどんな影響を与えるのかも含め、注目されている。

そしてVFX映画、イマーシブ体験の視聴効果で定評があるのがフレームストア社。映画監督たちが求めるデジタル・キャラクターを創造するために試行錯誤し、作り手のこだわりに応える会社なのだそうだ。『スパイダーマン:ファー・フロム・フォーム』(2019) ではアートデパートメントがクリーチャー・デザイン、その世界観のデッサンなどの環境作りを手がけ、主人公ピーター・パーカーが目の前の恐怖を克服して飛び放つスタイリッシュ、かつファンタジーに溢れる連鎖シーンを見事に完成させたことでも有名。『トップガン:マーヴェリック』(2022) でもアカデミー賞 視覚効果賞にノミネートされているほどに、緊迫の飛行シーンのVFXはトップの品質で定評がある。

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』(2023) 、『リトル・マーメイド』(2023) 、『バービー』(2023) など、VFXに携わった作品の数々は興行的にも成功しているものが多い。実写版『ヒックとドラゴン』の監督ディーン・デュボアが組んだのがベテランVFXスーパーバイザー、クリスチャン・マンツ。元はイラストレーター。コンポジターとしての下積みも長く、テレビやコマーシャルのVFXに関わりながら、『ライラの冒険 黄金の羅針盤』(2007) 、そして初期の『ハリー・ポッター』映画シリーズにも関わっており、『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1』(2010) にてVFXスーパーバイザーとしてアカデミー賞視覚効果賞にノミネートされている。マンツは『ファンタスティック・ビースト』シリーズ3作 (2016~2022) のVFXスーパーバイザーも担当し、リアルなファンタジー・クリーチャーを創り出したことで定評がある。

米コライダー誌のインタビューによると、マンツが今回の実写版でオリジナルのアニメーション以外に参考にしたのは実在の生物たちの動き。トカゲ、アホロートル、コモドドラゴン、猫やタカ、コウモリなどからインスピレーションを得て、光沢があるドスの効いた黒いドラゴンを完成させた。それらのビジュアル・キューを使い、アニメーション映画のイメージを尊重して出来上がった実写版トゥースの風貌や動きは、恐竜のように早く、出来上がった映像では採れたての魚を美味しそうに食べるシーンや、鳥類などが持つ、睡眠中でも視界を確保できる瞬膜を水平に開閉して大きな目が輝くシーンなど、実在の生物のサイエンスに基づいてデザインされている細部に親近感が湧く。

出演している俳優はほとんどが日本では無名だが、スコットランド出身で、『オペラ座の怪人』(2004) や『300  <スリーハンドレッド>』(2007) などに出演してきた王道のアクションスター、ジェラルド・バトラーがバイキングの族長及び、ヒックの頑固な父親・ストイック役で出演している。本作が、バトラー主演映画の中で最も興行収入の高い作品になったそうで、本人もアニメーション映画の声優から実写まで同じ役を演じ続けた冥利と、製作陣との熱いチームワークに満足の様子。実写版のヒック役は元プロフェッショナルのバレエダンサーだったメイソン・テムズ。ヒック役では、アニメ版よりも年齢を上げ、機械をいじることが趣味というエンジニア的な素行が、トゥースの信頼を得ていく上で重要となっていく。アニメ版にはない青年の執着心と好奇心がビジュアルで実写化され、物作りを愛するVFXクリエイターたちを描いているようでもある。日本では4DXなどで臨場感のあるアトラクション感覚の鑑賞もできるそうで、もう一度観たい筆者にとっては、うらやましいかぎりである。

文 / 宮国訪香子

作品情報
映画『ヒックとドラゴン』

バイキングの少年ヒックは、村に襲来してきたドラゴンを偶然撃ち落とすことに成功。だが心優しいヒックはドラゴンを仕留めることができず助けることに。いつしか彼らは心を通じ合い、ヒックはドラゴンをトゥースと名付け、父親、友達、仲間たちには内緒にして会っていた。しかし、ヒックは敵とされるドラゴンとの友情とドラゴンの一掃を目指すバイキングの掟のはざまで葛藤し悩む。やがてドラゴンの世界の驚くべき秘密が明らかになった時、彼らの世界を揺るがす大きな試練が待ち受ける。

監督:ディーン・デュボア

出演:メイソン・テムズ、ニコ・パーカー、ジェラルド・バトラー、ニック・フロスト

日本語吹替:坂東龍汰、Lynn、田中正彦、高木渉、内田雄馬、村瀬歩、神谷浩史、斉藤梨絵 ほか

配給:東宝東和

©2025 UNIVERSAL PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

2025年9月5日(金) 全国公開

公式サイト hic-dragon-movie

宮国訪香子

L.A.在住映画ライター・プロデューサー
TVドキュメンタリー番組制作助手を経て渡米。 ニューヨーク大学大学院シネマ・スタディーズ修士課程卒業後、ロサンゼルスで映画エンタメTV番組制作、米独立系映画製作のコーディネーター、プロデューサー、日米宣伝チームのアドバイザー、現在は北米最大規模のアカデミー賞前哨戦、クリティクス・チョイス・アワードの米放送映画批評家協会会員。趣味は俳句とワインと山登り。