日本では当然のようにアニメから実写化された映画が多数あるなか、英語圏特有のVFX、特殊撮影技術によって実写版として生まれ変わった『ヒックとドラゴン』が、7月、米オープニングでトップを飾った。世界興収は、626.8ミリオンドル(日本円で約 908億8600万円 ※2025年8月26日時点)と、制作費を大幅に上回り、業界を驚かせた。映画のVFXを担当したのは、『ハリー・ポッター』シリーズのファンタジー溢れるVFXを手がけたフレームストア社。『ヒックとドラゴン』はこれまで作られた、児童書が原作のVFX映画と比べても輪をかけて冒険活劇の完成度が高く、スコットランドの荒々しい自然に囲まれた岩山を飛び交うシーンなど、息をのむライド感覚が特徴。猛暑を吹っ飛ばすこと間違いなしのこの映画は筆者も大絶賛の作品。とくにアニメからの実写化を可能にした最新VFXの見どころをご紹介。

みんなが熟知する物語がこれほどまでに飛躍
『ヒックとドラゴン』は、作家クレシッダ・コーウェルの長編児童文学書 (オリジナルは完結済みのシリーズ12作+外伝) が元となっている。原作はベストセラーで全世界約800万部以上を売り上げている。物語の舞台は架空の島、バーク島だが、原作者が幼少期を過ごしたヘブリディーズ諸島がモデルだそう。その島々の伝説に登場するドラゴンはコウモリのような翼に、蛇のような尾を持っていたそうだ。石器時代に定住が始まった荒々しいスコットランド諸島のバイキング文化にヒントを得た物語の主人公はバイキングの族長の一人息子。いずれは父のように一族を率いる運命の下に生まれながら、やせっぽちで気弱な“ヒック” (原語では“ヒカップ” (しゃっくり) ”) は仲間からも中傷されて情けない毎日。一人前のバイキングになるためには、おそろしいドラゴンを手懐けなくてならない使命が待っていた。果たしてヒックはバイキングを率いるヒーローになれるのか。原作、そしてアニメーションの英題は「How to Train Your Dragon (ドラゴンをどう手懐けることができるのか)」。子犬を訓練するのとは訳が違う運命を背負った少年ヒックが主人公のこのファンタジーは、緑のつぶらな瞳を持つトゥース ( 原語では“トゥースレス (歯抜け) ”というドラゴンとの出会い、そして、バイキングの子供戦士たちの冒険物語を描き、子供たちの想像力を掻き立てて、彼らを夢中にさせたのである。

今回の実写映画が成功した理由の一つは、オリジナルのアニメーション映画『ヒックとドラゴン』 (2010) で脚本・監督を手がけたディーン・デュボアが実写版でも監督した点が大きい。製作総指揮に、『リロ&スティッチ』(2003) と『ヒックとドラゴン』のオリジナル・アニメーションでデュボアと脚本・監督チームとして組んだ相棒クリス・サンダースも参加。クリス・サンダースは昨年、『野生の島のロズ』で作家ピーター・ブラウンの児童書原作をもとに脚本、そして監督を手掛け、再びファンタジーの世界をスクリーンに反映させて米アニメーション映画界をリード。今春大ヒットした実写版『リロ&スティッチ』では、スティッチの声優としてファンを楽しませた。A24の『マルセル 靴を履いた小さな貝』(2022) などを手掛けインディ・アニメーション出身のディーン・フライシャー・キャンプ監督の実写版『リロ&スティッチ』はいまだに米劇場で公開しており、その人気は根強い。
ディーン・デュボア監督は、少年ヒックとドラゴンの飛行シーンをIMAXカメラで撮影するために試行錯誤。実際のロケ地として選ばれたアイスランドとノルウェイの間のファロー島での空撮のほか、飛行シーンをよりリアルに見せるための工夫の一つがジンバル(ひとつの軸を中心に回る大きな回転台) の設計。馬に乗るための鞍 (サドル)を載せたような装置の開発は、いわゆる遊園地のライドのような感覚で役者がサドルにまたがり、大型扇風機の風力に煽られながら、主人公ヒックがドラゴンの背中に乗って空を飛ぶような臨場感を醸し出している。CGだけに頼らず、ロボティックの大型ドラゴンの頭を人 (パペティア))が操作し、役者との対話をより自然体に撮影するための計算されたクラフト感が、まさに監督のこだわりといえる。