アリ・アスター監督人気を決定づけたホラー作品
アリ・アスター監督は現在39歳。『ヘレディタリー/継承』で長編監督デビューし、以来、現代ホラー映画のマエストロとしてハリウッド映画界をリードしている。アカデミー映画博物館のニュースレターでは、彼が影響されたのは、映画『ローズマリーの赤ちゃん』(1968) 、『エイリアン』(1979)、『サイコ』(1960) 、『シャイニング』(1980) 、『去年マリエンバートで』(1961) など多数で、デヴィッド・リンチ監督やデヴィッド・クローネンバーグ監督の全作品にインスパイアされたとある。その中でもトップ5作品をあげるとしたら、小林正樹監督の『怪談』(1964) 、アンジェイ・ズラウスキー監督『ポゼッション』(1980)、チャールズ・ロートン監督『狩人の夜』(1955) 、ニコラス・ローグ監督『赤い影』(1973) 、ブライアン・デ・パルマ監督『キャリー』(1976)なのだそうだ。
デビュー作『ヘレディタリー/継承』は最高に後味が悪く、容赦のないビジュアルに苛まれる映画なので、覚悟して見にいく構えが必要。物語は女系家族の物語で、呪われた家が舞台。母エレンがなくなり、葬儀をおこなう娘アニー(トニー・コレット)。喪失感の中、遺品を片付ける過程で、お互いを許せなかった愛憎あふれる母娘の関係と、母の解離性同一障害や家族の精神病疾患があきらかになっていく。そして、次第にグラハム家の子供たちに不吉な出来事が起こり始める。家そのものが登場人物となって長い廊下や家に居座るミニチュア人形たちの不気味さが増す中、次から次へと邪悪な信条に導かれるように、アニーが相続した呪われた家族の血筋が浮き彫りになる。サンダンス映画祭でのミッドナイト上映のセンセーショナルなデビューを果たして以来、A24のホラー代表作品だ。
『ミッドサマー』は、5人の若者が訪れるスウェーデンが舞台。前作とは違い、白夜の夏至を祝う楽園のような森の中の祭では、白い衣装に女性は花輪をつけて踊り、まるでヨーロッパのおとぎ話にタイムスリップするような美しい風景。しかし、そこで獲物を待ちうけるような罠が祭の儀式の中に組み込まれ、やがてフローレンス・ピュー演じる主人公ダニーは、観光客の立場から儀式の主人公となって現実か夢かわからないような夏の夜の悪夢に踊り狂わされる。この作品は『ヘレディタリー/継承』の脚本を読んだスウェーデンのプロデューサーからスウェーデンを舞台に映画を撮ってほしいと依頼されて考案した作品。当時、監督は私生活でも恋人と別れたばかりで、その経験を映画のフレームワークに反映させ、3時間45分という長さの映画を2時間27分に収めて劇場公開。そのあと、アリ・アスター監督はディレクターズカット版まで完成させ、劇場公開で出せなかったチャプターを戻して完成。儀式を行うコミューンの信条の極意と、ダニーとクリスチャンの恋愛のもつれの説明となる喧嘩シーンが加えられて、劇場版では分からなかった部分がわかりやすくなっている。
『ボーはおそれている』はホアキン・フェニックスの演技が抜群な映画だが、神経質な主人公が織りなす長編抒情詩は劇場で見ないと逃げ出したくなるような情緒不安定なモードに浸っている作品。昨年公開されたが、製作費35ミリオンドルの3分の一しか回収できなかったこの作品は前述2作品に比べると興行的には大失敗。しかし、悲劇とコメディが一緒になっていて、アリ・アスター監督に魅了されたファンなら、もう一度チャレンジしようかと見直す作品。明らかに大衆向けではないこの映画だが、『Eddington(原題)』の劇場公開がすぐに続けているところを見ると、A24の賭けは大成功。監督の鋭いビジョンが大盤振る舞いで、今後も、誰も作れないアリ・アスター世界を世に放っていくに違いない。
文 / 宮国訪香子

ニューメキシコ州の小さな町エディントンが舞台。コロナ禍の2020年5月、マスクを着用しない主義の保安官ジョーは、マスク着用やソーシャルディスタンスを徹底し、再選をねらう市長テッドと対立する。
監督・脚本:アリ・アスター
出演:ホアキン・フェニックス、ペドロ・パスカル、エマ・ストーン、オースティン・バトラー
©A24
全米公開日:7月18日
アリ・アスター監督自身が「3部作のようなものだと思っている」と語る3作が、IMAX®の巨大スクリーンと迫力ある音響で復活する。
『ヘレディタリー/継承』
上映期間: 2025年8月29日(金)~9月4日(木)
家族に潜む呪いとトラウマを描き、緻密な伏線、薄暗い映像美、日常に忍び寄る恐怖は「現代ホラーの頂点」(USA today)、「史上最も恐ろしい」(The Guardian)と評された。
©2018 Hereditary Film Productions, LLC
『ボーはおそれている』
上映期間:2025年9月5日(金)~9月11日(木)
ホアキン・フェニックス演じる、常に不安に苛まれる男ボーの奇妙な旅路を描くスリラー。
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『ミッドサマー ディレクターズカット版』
上映期間: 2025年9月12日(金)~9月18日(木)
ホラー映画の歴史を覆す、暗闇とは真逆の白夜の明るい祝祭を舞台に、天才的な発想と演出、全シーンが伏線となる緻密な脚本、観る者を魅惑する極彩色の映像美が一体となり、永遠に忘れられない結末に到達する前代未聞の“フェスティバル・スリラー”。
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