陰謀論を煎じる映画の中の女たち
保安官ジョーを取り巻く女たちがこれまたすごい。妻ルイーズを演じるのが、エマ・ストーン。近年、よりスマートな脚本選びや『哀れなるものたち』(2023) など、自ら主演する作品プロデュースに挑み、この役はあくまでも脇役だが、妻一途のジョーを狂わせていく凛とした存在感は見事。

ルイーズの母ドーアンを演じたのが、以前、このコラムでも触れたTVシリーズの『THE PENGUIN-ザ・ペンギン-』(2024) で注目株の英女優ディアドラ・オコンネル。ドーアンはある事柄に執着してやまない性格。娘のメンタルヘルスを気遣うと称して、ジョー夫婦の家に転がりこみ、おかしな陰謀論をぶつぶつ唱える義母に、ジョーもルイーズもうんざり。妻ルイーズは幼少期の性的虐待によるトラウマを抱え、ストレスは禁物で、ジョーは腫れ物に触れるように妻に接していた。しかし、パンデミックで閉じ込められた家庭の中での母の言動はパワーを増し、夫婦の不満や怒りを炙り出していくどころか、狂れまくデマはとんでもない。沈没したのはタイタニックでないとか、ヒラリー・クリントンは逮捕されて、グアンタナモ湾米軍収容キャンプにいるなど、政治絡みに捻れていく。ジョーは、妻と水入らずのディナーを約束し、心をこめて食事を作るが、妻ルイーズはその約束をすっぽかす。母とともにエルヴィスのような伝道師(オースティン・バトラー)やその取り巻きたちと出かけて帰宅。伝道師の唱えるペドフィリア (小児性愛者) と人身取引の陰謀論にうっとりし、ルイーズは自らの過去とその苦しみから次第に解き放たれていく。小さな街の些細な出来事が次々と火をつけ、街中が炎に巻き込まれていく最後は、想像を絶するエンディングで、またもやアリ・アスター衝撃作に震撼させられる。
